12月22日はジェネリック医薬品の日です

ジェネリック医薬品の日(12月22日 記念日)

東京都大田区下丸子に事務局を置くNPO法人ジェネリック医薬品協議会が制定。

日付は「ジェネリック医薬品」承認のための科学的基準を厚生労働省が定めた日である1997年(平成9年)12月22日から。

ジェネリック医薬品の正しい理解を広めるとともに、意義や役割を多くの人に知ってもらうことが目的。記念日は2019年(令和元年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

最初のクロスワード

ジェネリック医薬品について

ジェネリック医薬品(generic drug)とは、有効成分が新薬(先発医薬品)と同一で、品質・効き目・安全性も新薬と同等であり、科学的な基準に従い厚生労働大臣の承認を受け、新薬の特許が切れた後に製造・販売される医薬品である。

後発医薬品とも呼ばれ、後発薬、GE薬といった略称で呼ばれることもある。新薬に比べて低価格で、患者の自己負担を軽減する。販売名は、各統一ブランド名称の後ろに剤型と「会社名(屋号)」となっている。

新薬は、9~17年もの長い年月と数百億円以上もの費用をかけて開発される。一方、ジェネリック医薬品は、すでに安全性・有効性が確認された有効成分を使用するため、約3~5年の短い期間で開発が可能となる。そのため、新薬に比べてかかる費用が少なく、新薬より低価格で提供ができる。

現在、日本は少子高齢化社会を迎え、医療費は年々増加している。今の医療保険制度を維持するための施策として、ジェネリック医薬品の使用が推進されている。新薬とジェネリック医薬品のどちらを服用するかは医師・薬剤師に相談の上、患者自身で選択することができる。

12月21日の頃は冬至の時期です

冬至(12月22日頃 二十四節気)

「冬至(とうじ)」は、「二十四節気」の一つで第22番目にあたる。英語では「winter solstice」。現在広まっている定気法では太陽黄経が270度のときで12月22日頃。

「冬至」の日付は、近年では12月21日または12月22日であり、年によって異なる。2024年(令和6年)は12月21日(土)である。

「冬至」の一つ前の節気は「大雪」(12月7日頃)、一つ後の節気は「小寒」(1月6日頃)。「冬至」には期間としての意味もあり、この日から、次の節気の「小寒」前日までである。西洋占星術では「冬至」が磨羯宮(まかつきゅう:やぎ座)の始まりとなる。

北半球では太陽の高さが一年で最も低くなる日。そのため、一年中で最も昼(日の出から日没まで)が短くなり、夜が最も長い。季節の変わり目であり、寒さがますます厳しくなる時期でもある。

江戸時代の暦の解説書『こよみ便覧(べんらん)』では「日南の限りを行て、日の短きの至りなれば也」と説明している。

柚子湯に入る人

この日にユズを浮かべた柚子湯(ゆずゆ)に入り、カボチャを食べると風邪を引かないと言われている。これらの習慣は江戸時代からあり、この日に柚子湯を用意する銭湯もある。「柚子湯」は冬の季語でもある(なお「柚子」は秋の季語)。

災厄を払い病気にならないとされる柚子湯だが、その始まりは、温泉に入って療養をする湯治(とうじ)と冬至(とうじ)の語呂合わせで、身体息災であれば融通(ゆうずう)が利くとのこじつけとする説もある。

また、地域によっては、邪気を払うとされる小豆粥(あずきがゆ)を食べたり、「体の砂払い」と称し、体内の悪いものを掃除するというコンニャクを食べる風習などがある。

「冬至」の日付は以下の通り。

  • 2016年12月21日(水)
  • 2017年12月22日(金)
  • 2018年12月22日(土)
  • 2019年12月22日(日)
  • 2020年12月21日(月)
  • 2021年12月22日(水)
  • 2022年12月22日(木)
  • 2023年12月22日(金)
  • 2024年12月21日(土)
  • 2025年12月22日(月)

「冬至」に由来する記念日として、「酒風呂の日」「働く女性の日」「はんぺんの日」がある。

12月20日はデパート開業の日です

デパート開業の日(12月20日 記念日)

1904年(明治37年)のこの日、東京・日本橋の「三井呉服店」が「三越呉服店」と改称し、日本で初めてのデパート形式での営業を開始した。

実際には、この日12月20日前後に顧客や取引先に三井・三越の連名であいさつ状を発送したとされる。

株式会社三越呉服店を設立し、三井呉服店の営業をすべて引き継いだことを案内するとともに、今後の方針として「当店販売の商品は今後一層その種類を増加し、およそ衣服装飾に関する品目は 一棟御用弁相成り候 設備致し、結局 米国に行はるるデパートメント、ストアの一部を実現致すべく候」とし、翌1905年(明治38年)元旦には全国主要新聞に全面広告を掲載した。

従来の呉服屋を廃して、何でも揃うアメリカン・スタイルの百貨店(デパート)を目指すことを宣言したもので、これは後に「デパートメントストア宣言」と呼ばれ、日本における百貨店の始まりとされる。

当時の三越呉服店は二階建てで日本商家の古風を残したものだった。「三越」の名称は、三井家の「井」と創業時の「後屋」に由来する。

また、「百貨店」の名称は、(数多い)(商品)を取り扱うであることに由来する。「百貨店」を意味する「デパート」は英語の「デパートメントストア」(department store)を省略した呼称である。「デパート」は和製英語であり、英語圏では使われない。

現在、日本の老舗百貨店「三越」は、株式会社三越伊勢丹ホールディングス傘下の株式会社三越伊勢丹が運営する。1935年(昭和10年)に竣工した三越の日本橋本店は、国の重要文化財に指定されている。

2月19日は日本人初初飛行の日です

日本人初飛行の日(12月19日 記念日)

1910年(明治43年)のこの日、東京・代々木錬兵場(現:代々木公園)で陸軍軍人(工兵大尉)徳川好敏(とくがわ よしとし、1884~1963年)が日本初飛行に成功した。

飛行機はフランス製のアンリ・ファルマン式複葉機で、飛行時間は4分・最高高度は70m・飛行距離は3000mであった。

実際には5日前の12月14日に、陸軍軍人・日野熊蔵(ひの くまぞう、1878~1946年)が飛行に成功していたが、公式の飛行実施予定日ではなかったため「滑走の余勢で誤って離陸」と報告された。

アンリ・ファルマン式複葉機
アンリ・ファルマン式複葉機

この日12月19日は「公式の初飛行を目的とした記録会」として行われ、徳川、日野の順で飛び、共に成功した。これにより日本における動力機初飛行として公式に認められた。

この日は「日本初飛行の日」ともされる。ちなみに、徳川は、徳川家の血筋であり、徳川御三卿の一つ清水徳川家の第8代当主にあたる。日野は、発明家でもあり、当時は天才発明家などと報道されていた。

1974年(昭和49年)12月、東京・代々木公園に「日本初飛行の地」の碑が建立された。また、徳川と日野の胸像も並んで設置されている。2010年(平成22年)12月19日、日本における初飛行100周年を迎え、同公園では記念式典が開催された。

世界における動力初飛行は、日本初飛行の7年前の1903年(明治36年)12月17日にライト兄弟により行われ、12月17日は「飛行機の日」となっている。その他、関連する記念日として10月25日の「民間航空記念日」や3月6日の「世界一周記念日」などがある。

12月18日は東京駅完成記念日です

東京駅完成記念日(12月18日 記念日)

1914年(大正3年)のこの日、東京駅の完成式が行われた。この日は「東京駅の日」ともされる。

東京駅(1914年12月)
東京駅(1914年12月)

1889年(明治22年)に新橋駅と上野駅を高架鉄道で結び、その中央に中央停車場を建設する計画が決定されたが、資金不足や日露戦争などで中断されていた。1908年(明治41年)に工事が開始され、6年半の歳月と280万円の費用をかけて完成し、駅名は「東京駅」と名付けられた。

東京駅の位置は、江戸時代からの繁華街である京橋側ではなく、建設当時はまだ野原であった丸の内側に建設された。この場所は皇居の正面にあたり、丸の内口の中央に皇室専用の貴賓出入口が設けられた。完成式が行われた2日後の1914年(大正3年)12月20日に開業し、東海道本線の起点が新橋駅から移された。

赤レンガ造りの丸の内口駅舎は建築家・辰野金吾(たつの きんご、1854~1919年)らが設計したもので、2003年(平成15年)に国の重要文化財に指定された。東京駅は「関東の駅百選」認定駅でもある。

近年、赤レンガの丸の内駅舎を創建当初の本来の姿に近い形態に復原する工事が行われた。2007年(平成19年)5月30日に復原工事が開始され、約500億円という費用をかけて、2012年(平成24年)10月1日に完成した。

東京駅(丸の内駅舎、2012年10月)
東京駅(丸の内駅舎、2012年10月)

2014年(平成26年)12月20日に東京駅は開業100周年を迎えた。これを記念してJR東日本から記念Suica(スイカ)が発売された。当初、限定1万5000枚の予定であったが、希望者が殺到して大混乱となり、結局は希望者全員に販売された。その販売総数は約427万枚に上った。

2024年(令和6年)に刷新される予定の新一万円札の裏面には、丸の内駅舎が描かれる。鉄道駅が紙幣にデザインされるのは初めてのことである。

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