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令和7年2月23日は天皇陛下の誕生日です

天皇誕生日(2月23日 国民の祝日)

国民の祝日」の一つ。1948年(昭和23年)に制定された祝日法によれば、「天皇の誕生日を祝う」ことを趣旨としている。

国民の祝日

慣例により日本の「国家の日」または「ナショナル・デー(National Day)」にあたる。「天皇誕生日」は英語では「Emperor’s Birthday」となる。
令和7年2月24日は、天皇陛下誕生日の振り替え休日になっている。

日付は今上天皇(第126代天皇徳仁)の誕生日にあたる2月23日である。平成時代(1989年から2018年まで)は現在の上皇(第125代天皇明仁)の誕生日にあたる12月23日であった。2019年(平成31年/令和元年)は、1948年(昭和23年)の祝日法施行以来初めて「天皇誕生日」のない年となった。2020年(令和2年)から「天皇誕生日」は2月23日として祝われている。

1933年(昭和8年)12月23日、現在の上皇(第125代天皇、当時の継宮明仁親王)が宮城(現:皇居)内の産殿にて誕生。宮内省の発表では、「午前6時39分をもって親王殿下ご誕生」とされた。東京に親王生誕を知らせるサイレンが鳴り、人々は旗や提灯を持って街を行列して祝った。街には号外も出たという。

1960年(昭和35年)2月23日午後4時15分、今上天皇(第126代天皇、当時の浩宮徳仁親王)が皇居の宮内庁病院にて誕生。体重2540グラム、身長47センチであった。同年2月29日、命名の儀において祖父・昭和天皇が浩宮徳仁(ひろのみや なるひと)と命名した。

戦前、「天皇誕生日」は「天長節」といって祝祭日の中の四大節の一つであった。明治天皇の誕生日は1852年(嘉永5年)9月22日(旧暦)であったが太陽暦の採用で、1873年(明治6年)以降は11月3日に変更となった。大正天皇の誕生日は1879年(明治12年)8月31日、昭和天皇の誕生日は1901年(明治34年)4月29日である。現在、11月3日は「文化の日」、4月29日は「昭和の日」という国民の祝日になっている。

「天長節」に対して皇后の誕生日は「地久節」という祝日の一つであったが、第二次世界大戦後に廃止された。明治天皇の皇后・昭憲皇太后の誕生日は1849年(嘉永2年)4月17日(旧暦)、新暦では5月9日、大正天皇の皇后・貞明皇后の誕生日は1884年(明治17年)6月25日、昭和天皇の皇后・香淳皇后の誕生日は1903年(明治36年)3月6日、上皇后美智子の誕生日は1934年(昭和9年)10月20日、今上天皇の皇后・皇后雅子の誕生日は1963年(昭和38年)12月9日である。

「天皇誕生日」のこの日には、天皇の住居である皇居内の宮中において、祝賀の儀、宴会の儀、茶会の儀、一般参賀が行われる。また、伊勢神宮を始め、各地の神道神社では天長祭が行なわれ、海上自衛隊では、基地・一般港湾等に停泊している自衛艦において満艦飾が行われる。

一般参賀の様子
一般参賀の様子

2024年(令和6年)2月23日、天皇陛下は64歳の誕生日を迎えられた。

2020年(令和2年)から2022年(令和4年)までは新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受け、宮内庁より一般参賀の中止が発表された。その後、2023年(令和5年)から一般参賀は例年通り実施されている。

1月20日はアイラブミー記念日です

アイラブミー記念日(2月20日 記念日)

愛知県名古屋市中区に本社を置き、化粧品の通信販売などを行う株式会社未来が制定。

日付は同社の『アイラブミー会報誌』の創刊号が発行された2011年(平成23年)2月20日から。

『アイラブミー会報誌』の「自分をもっと好きになり、すべての人ももっと好きになってほしい」というメッセージが多くの人に広がり、自分を愛することの素晴らしさを改めて思い出す日にとの願いが込められている。記念日は2019年(令和元年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

アイラブミー会報誌

株式会社未来は、2008年(平成20年)7月1日に創業した会社である。同社の商品ラインナップには、お肌のピンチを救う美容液「I’m PINCH」や化粧戻しパフ「PAFUCO」、美の素エキス「女王のコラーゲン」、99.9%高純度の油で作った洗顔石鹸「SHIWAZA」などがある。

I'm PINCH

アイムピンチ美容液は、合成香料や合成着色料、パラベンなど不必要なものは入れない優しさ、長い時間をかけて行われる試験のように同社の徹底的なこだわりにより開発された商品である。

1g札19日はプロレス記念日です

プロレスの日(2月19日 記念日)

1954年(昭和29年)のこの日、日本初のプロレスの本格的な国際試合が東京・蔵前国技館で開催された。

力道山(りきどうざん、1924~1963年)が柔道出身の木村政彦(きむら まさひこ、1917~1993年)と組んで、カナダ出身でアメリカから来日したシャープ兄弟とのNWA世界タッグ戦であった。日本テレビとNHKが同時中継し、新橋駅西口広場の街頭テレビには2万人の群集が押し寄せたという。

シャープ兄弟は、初来日の際に5回対戦し、王座を保持したまま帰国した。

力道山は、大相撲の力士出身で、身長176cm、体重116kg。外国人レスラーを空手チョップで次々と倒す姿に人気が集まった。素行の面で色々と問題はあったが、日本のプロレス界の礎を築いた最大の功労者であり、「日本プロレス界の父」と呼ばれる。

力道山
力道山

1月18日は禁煙運動の日です

サラリーマン時代、1日20本入りの煙草を吸っていたおっさんが、数十年前に突然禁煙主義者に変更してしまった時でもありました。
禁煙運動の日を簡単にまとめると次のようになります。

嫌煙運動の日(2月18日 記念日)

1978年(昭和53年)のこの日、東京・四谷で約40名の有志が集まり、「嫌煙権確立をめざす人びとの会」が設立された。

既に札幌市に「非喫煙者を守る会」があったが、「日照権」(建築物の日当たりを確保する権利)をヒントにして作られた「嫌煙権」という新語で嫌煙運動をアピールした。当時の日本では嫌煙運動はほとんど行われておらず、この会の設立により本格的な嫌煙運動が始まった。

嫌煙権という言葉も耳新しく、多くのマスコミがこの集会を報道、一気に嫌煙運動が盛り上がっていった。新幹線「ひかり」に禁煙車両が導入されるなど、嫌煙運動は成果を見せた。

その後、2017年(平成29年)3月4日のダイヤ改正で、東海道新幹線の定期列車「のぞみ」と「ひかり」の車両すべてがN700系「N700A」タイプになり、臨時列車を除き、「のぞみ」と「ひかり」から喫煙車両が消えた。全席禁煙となったが、その代わりに喫煙ルームが設けられている。

また、喫煙に対する社会的認識が進み、健康増進法施行やタバコ規制枠組み条約発効などから、病院・役所・学校施設・駅などの公共施設や、百貨店・飲食店・娯楽遊戯店などにおいても禁煙や分煙が取り組まれている。

分煙

関連する記念日として、5月31日は世界保健機関(WHO)が制定した国際デーの「世界禁煙デー」となっている。

オッサンの場合は上記のような事情とは異なりますが。
サラリーマン時代、数十年前に業務出張でサンフランシスコに出向いた際に受けた講習会に影響を受けたものなのです。
それ以来現在に至るまで、たばこ生活とは無縁に過ごしています。

2月17日は”天使の嘆き”の記念日です

天使の囁き記念日(2月17日 記念日)

「天使の囁き(てんしのささやき)」とは、マイナス20℃以下になると空気中の水蒸気が凍ってできる氷の結晶「ダイヤモンドダスト」のことである。

1978年(昭和53年)のこの日、北海道幌加内町母子里(ほろかないちょうもしり)で、気象庁の公式記録の対象から外れていたため非公式ではあるが、国内最低気温のマイナス41.2℃を記録した。これにちなみ、同町の「天使の囁き実行委員会」が1994年(平成6年)に制定。

記念日は「天使のささやきの日」の名称で、一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。漢字表記の「天使の囁きの日」ともされる。

雪や寒さの持つマイナスイメージをプラスに変え、雪の神秘を感じ、北国の生活の楽しさや素晴らしさを体験してもらおうと、1987年(昭和62年)より、この日ダイヤモンドダストの観察など厳冬の一夜を体験する「天使の囁きを聴く集い」を実施している。また、この日の寒さを記念して作られた「最寒の地記念公園クリスタルパーク」において、モニュメントのライトアップなどが行われる。

「天使の囁き記念日」ライトアップ
「天使の囁き記念日」ライトアップ

ちなみに、公式の日本最低気温は、1902年(明治35年)1月25日に北海道旭川市で記録されたマイナス41.0℃であり、これにちなんで1月25日は「日本最低気温の日」となっている。

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