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4月22日は大人の日記念日です

大人の日(4月22日・11月22日 記念日)

ケチャップ・デミグラスソースなど、洋食の分野の世界的ブランドとして知られるハインツ。その日本における企業であるハインツ日本株式会社が制定。

日付は4月22日が「よい夫婦の日」、11月22日が「いい夫婦の日」として知られている「大人の日」であることから。同社商品の「大人むけのパスタ」「大人むけのスープ」などをPRし、「大人な時間・気分」の演出を食卓から応援していくことが目的。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

会社について

ハインツ(H.J.Heinz Company)は、1869年にアメリカで創立された伝統と歴史のある食品メーカーである。ハインツ日本は、1961年(昭和36年)に設立され、本社を東京都台東区浅草橋に置く。トマトケチャップをはじめ、スープ、ソース、冷凍食品、冷凍ポテトなどを販売している。

商品について

同社の「大人むけのパスタ」シリーズは、厳選素材とこだわりのソースで贅沢な気分を味わえるパスタソースで、「牛肉とイベリコ豚の粗挽きボロネーゼ」「2年熟成パルミジャーノ・レッジャーノのカルボナーラ」「紅ずわい蟹のトマトクリームスープ仕立て」などがある。

大人むけのパスタ
大人むけのパスタ

「大人むけのスープ」シリーズは、素材の味わいをひきたて、丁寧に仕上げたレトルトスープで、「ボストンクラムチャウダー」「オマール海老のクリームビスク」「冷たいフレンチヴィシソワーズ」などがある。

大人むけのスープ
大人むけのスープ

4月16日は女子マラソンの記念日です

女子マラソンの日(4月16日 記念日)

1978年(昭和53年)のこの日、東京・多摩湖畔で日本初の女子フルマラソンの大会「第1回女子タートルマラソン全国大会」が開かれた。

走る女性

多摩湖畔を3周するコースで、参加者は最高齢71歳を含めわずか49人だったが、初めての女子マラソンということで、沿道には10万人を超える大観衆が集まった。優勝者は横浜の主婦・外園イチ子さん(37歳)で、タイムは3時間10分48秒だった。

主催者は、中高齢者の健康保持増進を目的として1973年(昭和48年)に設立された公益社団法人・日本タートル協会。団体名に長生きの象徴である亀(タートル)が付いているように、大会も「スピードを競わない(亀のようにゆっくりでよい)」が大きなコンセプトであった。「タートルマラソン(turtle marathon)」は和製英語で、健康維持や体力づくりを目的として、ゆっくりと走るマラソンを意味する。

「第1回女子タートルマラソン全国大会」のコースとなった多摩湖の周遊道路の約13.6kmのほとんどの部分を東大和市が占めていたこともあり、日本初の女子フルマラソン大会の開催地として歴史を後世に伝えるため、2013年(平成25年)度に東大和市は記念碑「水の精」像を建立し、また記念事業を実施した。

4月14日はタイタニック号の日です

タイタニック号の日(4月14日 記念日)

1912年(明治45年)のこの日、初航海中のイギリスの大型客船「タイタニック号」が、北大西洋ニューファントランド沖で氷山に激突し、翌日未明にかけて沈没した。

タイタニック号

イギリスのサザンプトン港からニューヨークに向けて出発したのが4月10日。その4日後の出来事だった。沈没に要した時間はわずか2時間40分。乗客乗員2208人のうち1513人が死亡または行方不明となる大惨事だった。これは当時、海難事故における最大の死者数であった。

この事故の原因や被害には、救命設備・流氷の監視・無線電信など様々な問題が関連しており、その後の船の安全確保において多くの教訓が生かされる結果となった。

1997年(平成9年)、ジェームズ・キャメロン監督・脚本による映画『タイタニック』として映画化された。主にSFアクション映画を手掛けてきたキャメロン監督が、一転して挑んだラブロマンス大作であり、主演はレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレット。ストーリーはタイタニック号沈没の史実を交えて展開し、貧しい青年と上流階級の娘の悲恋を描いている。

この映画の興行収入は全世界で18億3500万ドルと、2009年(平成21年)の同監督による『アバター』に抜かれるまで映画史上最高の世界興行収入を記録し、ギネスブックに登録されていた。日本における興行収入は262億円で、2001(平成13年)の宮崎駿監督による『千と千尋の神隠し』に抜かれるまで1位であった。映画パンフレットも日本で153万部を売り上げた。

1998年(平成10年)の第70回アカデミー賞において、作品賞、監督賞、撮影賞、歌曲賞、音楽賞、衣裳デザイン賞など11部門で受賞した。また、セリーヌ・ディオンが歌う主題歌「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」(My Heart Will Go On)も大ヒットした。

4月13日は喫茶店の日の日です

喫茶店の日(4月13日 記念日)

1888年(明治21年)のこの日、東京・上野(下谷上野西黒門町)に日本初の本格的なコーヒー喫茶店「可否茶館(かひいさかん)」が開店した。

1階がビリヤード場、2階が喫茶室の2階建ての洋館で、1階ではビリヤードの他、トランプや囲碁、将棋などをすることができた。珈琲(コーヒー)は、明治の文明開化に花を添えるハイカラな飲み物として、特権階級の人々の間で人気があった。

「可否茶館」での値段は、もりそば1杯1銭の時代にコーヒーが1銭5厘、牛乳入りコーヒーが2銭だった。また、席料が1銭5厘もした。値段が高すぎたこともあり「可否茶館」は、3年もたずに閉店してしまった。

その後、1910年代の明治時代末から大正時代にかけて「カフェー」と呼ばれる喫茶店が全国的に普及し、日本において喫茶店ブームとなった。1950年代後半には音楽も楽しむことができる「ジャズ喫茶」「歌声喫茶」「名曲喫茶」などが流行した。このような喫茶店が登場・浸透した理由に、当時はレコードが高価で個人では購入が難しかったことが挙げられる。

1960年代から1970年代には、酒類を扱わない、純粋な喫茶店である「純喫茶」が流行した。「純喫茶」は、酒類を扱い、女給(ホステス)による接客を伴う「特殊喫茶」に対する呼び名である。店主自らがコーヒーを淹れるようなこだわりがある喫茶店が増えたのはこの頃からである。

喫茶店「ミロンガ・ヌオーバ」

上の写真は東京・神田神保町にある老舗の喫茶店「ミロンガ・ヌオーバ」である。日本のタンゴ全盛期の1953年(昭和28年)に創業した「タンゴ喫茶」で、店内には哀愁を帯びたタンゴの音色が響き渡る。

関連する記念日として、喫茶店チェーン「コメダ珈琲店」を展開する株式会社コメダが「く(9)つ(2)ろ(6)ぎ」と読む語呂合わせから9月26日を「くつろぎの日」に制定している。また、「コーヒー年度」の始まりの日に由来して、一般社団法人・全日本コーヒー協会が10月1日を「コーヒーの日」に制定している。

4がつ11日はガッツポーズの日です

ガッツポーズの日(4月11日 記念日)

1974年(昭和49年)のこの日、東京の日大講堂で、ボクシングWBC世界ライト級タイトルマッチが行われ、ガッツ石松がチャンピオンのロドルフォ・ゴンザレスにKO勝利した。

その時、ガッツ石松が両手を挙げて勝利の喜びを表わした姿をスポーツ新聞の記者が「ガッツポーズ」と表現したことで、「ガッツポーズ」という言葉が広まるきっかけになったという。

ガッツポーズをする人

「ガッツポーズ」は、喜びを表すポーズの一つで、スポーツなどで勝利した時や、良い成績を残した時によく見られる。しかし、相撲や剣道、柔道、野球など一部のスポーツでは不適切な行為として問題視されることもある。

ポーズ自体は昔からあり、「ガッツポーズ」という言葉が初めて使用されたのは、1972年(昭和47年)11月30日に発行されたボウリング雑誌「週刊ガッツボウル」がストライクを取った時のポーズを「ガッツポーズ」と命名した時とされる。

「ガッツポーズの起源はガッツ石松である」という説には賛否両論あるが、ガッツ石松説が一般的に認識されていることや、上記のようにガッツ石松によりガッツポーズが広く知られるようになったことは事実である。

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