2024年11月 アーカイブ

11月23日は勤労感謝の日です

勤労感謝の日(11月23日 国民の祝日)

国民の祝日」の一つ。1948年(昭和23年)に公布・施行された「祝日法」で制定。「勤労をたっとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」ことを趣旨としている。

国民の祝日

農業国家である日本は、古くから神々に五穀の収穫を祝う風習があった。この日は戦前において宮中祭祀の一つ「新嘗祭」(にいなめさい・しんじょうさい)の日であった。

米農家

新嘗祭とは、天皇が新しく収穫された新穀を食べて、その年の収穫を感謝する儀式である。これが第二次世界大戦後のGHQの占領政策によって天皇行事・国事行為から切り離される形で改められたものが「勤労感謝の日」である。

新嘗祭は1872年(明治4年)までは旧暦11月の2回目の卯の日に行われていた。1873年に太陽暦(グレゴリオ暦)が導入されたが、そのままでは新嘗祭が翌年1月になって都合が悪いということで、新暦11月の2回目の卯の日に行うこととした。それが1873年では11月23日だった。

しかし、翌1874年(明治7年)からは11月23日に固定して行われるようになった。11月23日という日付自体に深い意味はなく、たまたま日本が太陽暦を導入した年(1873年)の11月の2回目の卯の日が11月23日だっただけのことである。

休日としての歴史は1873年(明治6年)公布の太政官布告「年中祭日祝日ノ休暇日ヲ定ム」から続いている。一時は5月1日のいわゆる「メーデー」に「勤労感謝の日」を移動させる案が浮上したが、現在は頓挫している。

「勤労感謝の日」に由来する記念日は多く、「外食の日」「小ねぎ記念日」「珍味の日」「ワーク・ライフ・バランスの日」「生命保険に感謝する日」「キンカンの日」「キンレイ感謝の日」「お赤飯の日」「産業カウンセラーの日」「フードバンクの日」「ストレスオフの日」「いい入札の日」「ラク家事の日」「ねぎらいの日」などがある。
頭の体操をしてみませんか?

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11月22日は小雪の日です

2024年の小雪はいつ?

2024年の小雪は、11月22日から12月6日です。毎年11月22日頃~12月6日頃にあたりますが、日付が固定されているわけではありません。二十四節気は季節の移り変わりを知るために、1年を約15日間ごとに24に分けたものですが、太陽の動きに合わせて1年を24等分して決めるので一定ではなく、1日程度前後することがあるからです。
そのため、小雪といっても、小雪に入る日を指す場合と、小雪(二十四節気の第20)から大雪(二十四節気の第21)までの約15日間をいう場合があります。

昼間は「小春日和」になることも

初冬の穏やかで暖かい気候を春に例えて「小春日和」と呼びます

初冬の穏やかで暖かい気候を春に例えて「小春日和」と呼びます

この時期、昼間はそれほど冷えず、ときには春を思わせるような暖かな日になることがあります。このような日を「小春日和」といいます。小春とは春のことではなく、旧暦の10月(今の11月頃)をさし、初冬の穏やかで暖かい気候を春に例えて「小春日和」と呼ぶようになりました。

小雪の初侯・次侯・末侯

二十四節気をさらに3つに分けた七十二侯は、小雪の間にこのように移り変わります。
※日付は、2024年の日付です。
●初侯:虹蔵不見(にじかくれてみえず)11月22日頃
「虹蔵不見」の「蔵」には潜むという意味があり、虹が見られなくなる頃です。冬の日差しが弱まり、曇り空が多くなるこの時期は、虹が出たとしてもほんやりとしてすぐに消えてしまうので、くっきりとした虹はしばらくおあずけです。太平洋側の地域では、日差しのせいだけでなく、空気もカラカラに乾燥するため、虹が見られなくなってしまうそうです。
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●次侯:朔風払葉(きたかぜ このはをはらう)11月27日頃

「朔風」とは北風のことで、木枯らしが木の葉を吹き払う頃という意味です。木枯らしが吹くたびに木々の葉が散ってしまいます。すっかり葉が落ちて枯れたように見える木を表した「裸木」という言葉があります。
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●末侯:橘始黄(たちばな はじめて きばむ)12月2日頃

橘の実が黄色く色づき始める頃。橘は古くから日本に自生している日本固有の柑橘類です。橘は葉が枯れることのない常緑樹で、永遠の象徴とされ、その実は「不老不死」の実として『日本書記』にも登場しています。平安京の頃から京都御所紫宸殿の南庭に植えられ、「右近の橘」と称されるなど古くから珍重されてきました。その悠久性、永遠性が文化の永久性に通じることから、文化勲章のデザインにも採用されています。

橘は古くから日本に自生している柑橘類。常緑なので永遠の象徴とされました

橘は古くから日本に自生している柑橘類。常緑なので永遠の象徴とされました

小雪の過ごし方・食べ物

冬とはいえ、昼間はそこまで冷え込まないのが小雪の時期の特徴で、前述のように「小春日和」になることもありますが、夕方以降はぐっと気温が下がるので、油断をして体調を崩さないよう注意してください。出掛けるときは重ね着できる上着やストールを持っていくなど、防寒対策を忘れずに。
また、寒さだけでは風邪はひかないといいます。乾燥が加わるこの時期は、ウィルスを吸い込みやすくなるそう。肌荒れなどの原因にもなりますので、しっかり乾燥対策をしてください。
風邪予防におすすめなのが、旬のみかん。ビタミンCなどの栄養も豊富で、風邪予防に留意したいこの時期におすすめです。白菜、ほうれん草、春菊などの葉物野菜も旬を迎えます。温かい鍋料理がおいしい季節。旬の野菜を鍋にたくさん入れれば、栄養たっぷりで体も温まりますね。

新米のおいしい季節。ごはんの味を堪能しましょう♪

新米のおいしい季節。ごはんの味を堪能しましょう♪

小雪の時期には、11月23日に「勤労感謝の日」がめぐってきます。勤労感謝の日の前身は、五穀の収穫に感謝して祝う「新嘗祭」で、新穀を神様に供えて感謝し、人が初めて口にする行事です。新米がおいしい季節、ぜひ堪能してください。
▷「11月23日「勤労感謝の日」の由来・起源
11月の第3木曜はボジョレー・ヌーヴォーの解禁日。2024年は11月21日です。小雪の時期には店頭をにぎわしているので、新酒ならではのフレッシュな味を楽しんでみてはいかがでしょう。
▷「ボジョレーヌーヴォーとは?いまさら聞けない基礎知識
年によっては「三の酉」がめぐってきて、酉の市が開かれます。2024年は三の酉があります。
▷「酉の市とは?一の酉・二の酉・三の酉はいつ?由来や縁起熊手の粋な買い方

11月21日は世界テレビ記念日です

世界テレビ・デー(11月21日 記念日)

1996年(平成8年)12月の国連総会で制定。国際デーの一つ。英語表記は「World Television Day」。

同1996年のこの日、国連が主催した「第1回世界テレビ・フォーラム」が開催された。このフォーラムは、テレビが人や世論の意志決定の過程において大きな影響を及ぼすようになったことから実施された。

世界テレビ・デー

そして、国連加盟国に対して、平和・安全・経済・社会開発・文化交流の拡充などの問題に焦点を当てたテレビ番組の世界的な交流を促すことにより、この日を記念するよう呼びかけた。

また、この国際デーはテレビの重要性や役割を再認識する日であり、いまだテレビの情報にアクセスできない人々へも情報提供を普及させようとする企図がある。

世界テレビデー(11月21日)の意味と由来とは?【まとめ】どんな日なのか?

世界テレビデー(11月21日)の意味と由来とは?【まとめ】どんな日なのか?

11月21日は、「世界テレビ・デー」という記念日です。
「世界テレビ・デー」という記念日は、どのような由来でできたのか?また、どんな意味があるのでしょうか?
ここでは、世界テレビデーとは、どのような記念日なのかを紹介し、その関連する雑学を紹介しています。

11月21日の世界テレビ・デーとは?

11月21日は、「世界テレビ・デー」です。英語表記では、「World Television Day」になります。

誰が作った記念日なのか?由来は?

世界テレビ・デーは、1996年(平成8年)に、国連で初めての「世界テレビフォーラム」が開催されたことを記念してできた記念日です。

世界テレビ・デーは、いつできたのか?

世界テレビ・デーができたのは、1996年(平成8年)の12月17日に、国連総会で宣言されたことで、作られた記念日で、国際デーの1つです。

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世界テレビ・デーができた理由とは?

国連では、国連加盟国に対して、平和、安全、文化交流、経済、社会開発などの拡充などの問題に焦点を当てたテレビ番組の世界的な交流を促すために、11月21日を、「世界テレビ・デー」という記念日にするように呼びかけています。
この為、国連でも年に1度の「世界テレビ・デー」は、平和と発展の促進において、テレビの役割に関心を向けてもらうために、テレビのプロとも密接に協力し、世界の人々の進歩と幸福に貢献する情報社会におけるテレビ業界のあり方について、共通のビジョンの構築を作ろうとしているようです。

国連事務総長のコフィー・アナンのメッセージ

国連では、2002年に当時の国連事務総長のコフィー・アナン氏が、「世界テレビジョン・デー」によせるメッセージをプレスリリースしています。
プレスリリースの内容は、

  • 世界各地の人々は、ますます情報化社会の中で暮らすようになっている。
  • テレビはもっとも世界で強力な通信メディアであり、重要な役割を担っている。
  • テレビは地域社会にとって適切な番組の制作、配給して貢献できる。
  • 権力のある人だけでなく、社会のあらゆる人々の発信の場を提供できる。
  • テレビは、偏狭な信念や非人間的なイメージを流さないよう注意が必要

といったことが発表されています。
そして、国連では、2003年12月にジュネーブで「情報化社会に関する世界サミット」や「世界電子メディア・フォーラム」を開催し、テレビ局幹部や、先進国と途上国のメディア幹部、実務者との情報化社会における電子メディアの役割など、協議を行っています。
このような国連の動きを見ても、世界テレビ・デーは、単純な記念日というだけではなく、世界に向けて働きかけを実際にしようとしている記念日であることが分かります。

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テレビに関する雑学

世界テレビ・デーということで、テレビについての気になる雑学を紹介します。

テレビの視聴率調査は、どうやって調べているのか?

テレビの視聴率は、テレビコマーシャルが、どれくらいの人に見られているのかを調べるために行われている調査です。

いつから視聴率が調べられているのか?その歴史とは?

日本における視聴率の最古の記録は、1954年の「NHK放送文化研究所」が年に2回、訪問し面接することで行ったのが最初です。その後、1971年に配付回収法に調査方法を変え、数か月に1回、1週間分の個人の視聴率を発表していました。
1955年には電通が、調査を、年に4回、日記式のアンケートで行いました。電通の視聴率調査は、1963年にビデオリサーチに引き継がれます。1958年には、社団法人中央調査社が、日記式のアンケートを開始しました。
世帯に視聴率の測定器を設置したのが、1961年の海外企業のニールセンです。当時の測定器は、テレビに取り付け、紙テープに記録するオフラインメータ方式でした。1977年には、ビデオリサーチが開発した「ミノル・メーター」という電話回線を使って情報を自動で集めるオンラインメーター方式になり、翌日には視聴率が分かるようになりました。
この時期には、視聴率調査は、ニールセンとビデオリサーチの2社でしたが、2000年にニールセンが日本から撤退したことで、ビデオリサーチ社の視聴率の測定結果のみが使われるようになりました。

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テレビ離れは本当なのか?

昨今、若い人を中心にテレビ離れが進んでいると言われています。昔と比べると、スマホの普及で、テレビを見なくても、必要な情報を自分で得ることができます。
さらに、近年になって、テレビ以外でもYoutube、ニコニコ動画などのネット系の配信サイト、dTV、Netflix (ネットフリックス) 、hulu(フールー)のような低価格で見放題のサービスの普及により、テレビの視聴離れは、しかたないのではないかと思います。

1990年代以降

層無料の統計によると、日本のテレビ視聴時間は増加傾向です。

2005年

NHKの「国民生活時間調査」によると、テレビの世帯当たりの視聴率が低下しているようです。
具体的な視聴時間としては、

  • 10代の男性

    1995年:3時間34分
    2005年:2時間52分

  • 20代の男性

    1995年:3時間48分
    2005年:2時間45分

といった感じで、上記の世代以外でも全体的に視聴時間が減少しているようです。
ただし、70代以上の人は、1日に5時間以上、テレビを見ているようです。世代によって、テレビの影響は大きく違うようですね。

日本と世界の視聴時間の違い

2005年のフランスで開催されたテレビ番組の見本市の「MIPTV」で、最もテレビを見ているのは日本人で、1日に5時間という調査結果が報告されました。これは、仕事で働いている時間、寝ている時間を除いて、それ以外は、ほぼテレビを見ているということになります。
2011年には、イギリスの情報通信庁が発表した「世界各国の通信業界・メディア動向をまとめたレポート」では、2010年のテレビの視聴時間は、

  1. アメリカ:283分
  2. イタリア:246分
  3. ポーランド:245分
  4. イギリス:242分
  5. スペイン:234分
  6. カナダ:230分
  7. ロシア:226分
  8. ドイツ:223分
  9. ブラジル:222分
  10. フランス:212分
  11. アイルランド:196分
  12. オランダ:191分
  13. オーストラリア:188分
  14. スウェーデン:166分
  15. 中国:158分
  16. インド:119分

といった感じになっています。
※参考元:International Communications Market Report 2011(PDF)
日本のデータは、一覧には入っていませんでしたが、レポートの記事を抜粋すれば「160分~200分」ということで、1990年代と比べると、かなりテレビを見る時間が減っているのが分かります。

まとめ

世界テレビデーは、テレビの影響力を考えて、国連が、より世界の平和や繁栄のために作られた記念日です。
もちろん、日本においてもテレビは、多くの人に影響を与えるメディアですが、昔と比べると、インターネットの普及により、昔と比べると、その影響力は少し落ちているのではないかと感じます。

11月20日は世界こどもの日です

世界こどもの日(11月20日 記念日)

1954年(昭和29年)の国連総会で制定。国際デーの一つ。「世界の子どもの日」ともされる。

英語表記はもともと「Universal Children’s Day」であったが、現在では「World Children’s Day」である。

1959年(昭和34年)のこの日に「子どもの権利に関する宣言」が採択され、また、1989年(平成元年)のこの日に「子どもの権利に関する条約」が採択された。これらのことから「世界こどもの日」は11月20日とされている。

世界こどもの日

子どもの世界的な相互理解、子どもの福祉を増進させることが目的。国連では各国政府が適当と考える日を選んで「子どもの日」とするように勧告しており、日本では古来からある「端午の節句」に由来した5月5日の国民の祝日「こどもの日」を当てている。

また、6月1日は1925年(大正14年)8月にスイスのジュネーブで開かれた子どもの福祉世界会議で制定された「国際こどもの日」(International Children’s Day)となっている。

世界の子どもについて

国連の推計によると、2010年(平成22年)の15歳未満の子どもの数は約18億4200万人で、総人口の約69億1600万人の26.6%を占めている。

総人口に占める子どもの割合は地域によって異なり、先進地域では16.4%だが、開発途上地域では28.9%と大きな差がある。日本における子どもの割合は、2010年の国勢調査結果で13.2%と先進地域の中でも最も低いランクとなっている。

世界こどもの日にちなんで、クイズと数独で気晴らしをしてください。

①クイズ

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②数独

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11月19日は緑のおばさんの日です

緑のおばさんの日(11月19日 記念日)

1959年(昭和34年)のこの日、通学する児童を交通事故から守るための学童擁護員(緑のおばさん)の制度が東京都においてスタートした。

学童擁護員

「緑のおばさん」の愛称は、交通安全のシンボルカラーである緑色の制服や帽子を身に着けていたことに由来する。創設当初、勤務時間は午前2時間、午後3時間で、日当は315円であった。1961年(昭和36年)以降、各地に広がった。

元々はまだ女性の職場が少なかった戦後復興期に、寡婦の雇用対策として創設された職業である。当初は臨時職員であったが、1965年(昭和40年)より東京都の正職員となった。近年、その存廃が議論されている。

緑のおばさんの日とは関係はありませんが、皆さんは”ナナカマド”という花はご存知でしたか?
ちよこっつとと紹介しておきますので参考にしてください。

名称

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「ナナカマド」という和名は、異説がいくつかある[10]

  1. よく知られるのは、「大変燃えにくく、7度竃(かまど)にくべても燃え残る」ということから付けられたという説が広く流布している[11][12][13][7][14][10][15][9]
  2. 「7度または7日間竃で焼くと良質のになる」という説もある[13][10]
  3. 「この材で作った食器は7世代も使えるほど強い」という説もある[10]

牧野富太郎は『牧野日本植物図鑑』で本種の項に以下の通り記している[16]

材ハ燃エ難ク、竈ニ七度入ルルモ尚燃残ルト言フヨリ此和名ヲ得タリト伝フ。

ただしこれは現実的には正しくないようで、実際にはナナカマドの薪は良く燃えるとの記述もある。例えば『植物名の由来』で中村浩は以下の通り記している[17]

わたしは越後の山荘で何度か冬を過ごしたことがあるが、よくナナカマドの薪をたいて暖を取ったものである。この木の材はよく燃えて決して燃え残る事は無い。

中村の説によるとナナカマドの木炭は火力が強く、これを作るには7日間炭焼きのかまどに入れておく必要があったため「七日かまど」と呼ばれており、それが詰まってナナカマドになったという[11]。鶴田知也は『草木図誌』で同様に事実を経験として述べ、『名前の由来には別の意味がある』可能性を示唆している。

植物学者の辻井達一は著書『日本の樹木』で、「青森、秋田ではサクラアズキナシのことをナナカマドと呼ぶことがあり、これらは必ずしも燃えにくい樹ではない。そうなるとナナカマドの名は別の由来があるのかもしれない。」と指摘している[18]

地方による別名として、オヤマノサンショウ、ヤマエンジュなどともよばれていて、いずれも葉の形状からついた名とみられている[18]。木材としては、カタスギの名でもよばれる[18]。種類としては、小葉が大形のものは、エゾナナカマド、あるいはオオバナナカマドとして区別されることがあるが[18]、米倉浩司・梶田忠「BG Plants 和名-学名インデックス」(YList)ではナナカマドと同種(別名)として扱っている[2]

ナナカマド[注 1]英語で Rowan(ローワン)とよばれるが、ローワンは元々スカンディナヴィア地域の言葉で、古くからイギリスに入ってケルト語系の名として伝わった[19]ケルト人は、この堅い樹がなかなか燃えないので「灰にならない樹」として神秘的な存在として見立てたといわれている[19]

学名の属名 Sorbusナナカマド属)は、ビールの一種である Cerevicia に基づくともいわれ、その実から酒が造られたことに由来する[19]

分布・下位分類

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南千島を含む[20]北海道本州四国九州冷温帯の山地帯の上部および亜高山帯の林地に自生する[5][1]樺太[20]朝鮮半島[20]などアジア東北部に分布[6][21]。山地のミズナラブナ林から亜高山の森林限界まで普通に分布する[5][22]

北海道や東北地方では、街路に植栽されているものも多く見かけるが、東京以西の低地では暑すぎるため育たない[23]

本種は以下の3変種に分けられる。それぞれの特徴は#形態・生態の項参照。

ナナカマド Sorbus commixta var. commixta

全国に普通に自生[5]

サビナナカマド Sorbus commixta var. rufoferruginea

本州以南の東北地方から近畿にかけて時に分布[5]。葉の裏面に褐色の軟毛がある[18]

ツシマナナカマド Sorbus commixta var. wilfordii

対馬および北陸から山陰にかけて低地から分布[5]

形態・生態

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落葉広葉樹[21]。高さ3 – 12メートル (m) の小高木から高木で[5]、山地では普通高さ6 – 10 m程度だが、15 mになるものもある[6][1]。高地では小低木となることが多い[11]樹皮は暗灰褐色をしており、横長の細長い皮目があり滑らかで、サクラにやや似る[5][6][22]。若い樹皮は褐色から淡褐色で、皮目や横すじが目立つ以外は滑らかだが、成長とともに灰褐色となり、老木では縦に浅く裂けるようになる[13][22]。一年枝は紅紫色でつやがある[22]。樹形は株立ちで、逆形となり[13]、高原ではより低く横に広がる傾向がある[22]。胸高直径は15 – 30センチメートル (cm) になる[1]

は長さ15 – 25 cmの奇数羽状複葉で、長さ3 – 9 cmの側小葉が4 – 7対(または9 – 17枚[1])向かい合ってつく[5][6]。小葉は披針形または長楕円状披針形で、先は尖り[6]、幅は1 – 2.5 cm[1]。小葉には細かく鋭い鋸歯または重鋸歯があり、両面ともほぼ無毛[5][6][1]。小葉の表面は緑色で、裏面は淡緑色[1]。変種サビバナナカマド(S. commixta var. rufoferruginea)では葉裏の主脈に沿い、に錆色(褐色)の毛が密生する[5][6]。花序や萼にも褐色の長軟毛が生える[6]。また小葉基部の葉軸上には褐色の毛が生え、これはナナカマド属共通の形質である[5]。変種ツシマナナカマド(S. commixta var. wilfordii)では小葉が4 – 6対と少なくて、形は幅広く短い[5]。葉序は互生する[5]。秋になると紅葉し、全体が色むらのない濃い赤色で、寒い地方ほど色鮮やかに染まる[23][9]。橙色や赤色に紅葉するものが多いが、黄色くなる個体もあり、それぞれに美しく色づく[24]

開花時期は初夏の5 – 7月で[22]、白いを多数咲かせる[6]。花は5枚の花弁からなる6 – 10ミリメートル (mm) の大きさの小花で複散房花序の形をなす[11][6]。雄蕊は20個で、花柱は3 – 4本[6]

果期は9 – 10月[10]果実ナシ状果[22]、球形で直径5 – 6 mm、光沢のある赤い実を実らせる[6][9]。実は晩夏から冬まで見られ[5]、葉が落ちても果実は枝に残り、しばしば黒ずんだ果実が冬場でも残っている[20][22]。実はとても苦いが、冬の寒さの中で糖度が上がって少しずつ苦味は減少し、レンジャクアトリツグミなどの鳥類の食料となる[19][11][10]

冬芽は枝に側芽が互生し、枝先には仮頂芽がつく[22]。冬芽は先端が尖った長卵形で紅紫色の芽鱗2 – 4枚に覆われ、撮むと樹脂によりしばしば粘る[5][22]。葉痕は三日月形で、紅紫色の葉柄基部が残って突き出し、維管束痕が5個ある[22]

紅葉したナナカマドの複葉。

ナナカマドの樹皮。

ナナカマドの実。

利用

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実や紅葉が美しく、北海道などの北国では庭木街路樹公園樹として植栽され、花材としても用いられる[6][20][21][10]。ナナカマドは、花が小さいが穂になって美しいところ、花後の果実の色彩が赤くて美しく冬まで及ぶこと、その実が小鳥の食糧になること、羽状複葉の葉が適度な大きさで形が好まれることなどが、街路樹や庭園樹として人気を呼んでいる[25]。樹はあまり大きくならないので扱いやすく、街路樹では2、3本寄せ植えにしてボリューム感を出すように工夫しているところもある[26]。一方、やや病害虫にかかりやすいことや、寿命がそれほど長くないため、いずれは植え替えが必要になることが短所となる[26]

材は褐色で堅く細工物に適しており[11]ろくろ細工の材、彫刻材としても優良である[10]。生木は非常に燃えにくいため薪材に向かないことが知られており、北海道のアイヌもナナカマドが燃えにくいことを利用して、薪木の台として用いたといわれる[18]。樹皮は染料にする[21]

果実は果実酒にも利用できる。かたい材は備長炭の代用として優れている。生の果実中に存在するソルビン酸はナナカマドの学名より取られた。現在は合成したものが保存料として使用される。[27]

食用

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果実は、苦みがあるので生食には向かないが、加工して食用に利用できる[28]。砂糖と一緒に焼酎に漬け込み、3か月以上寝かせれば果実酒になる[28]。ナナカマド酒は、淡い琥珀色で、個性的な風味で軽い苦みがある[28]。時が多くとれれば、ジャムに加工できる[28]。日本では実を食用に利用することはごく近年のことであるが、実にも甘いものと、そうでないものがあるとされる[19]

北ヨーロッパではかなり広く、古くからジャムや果実酒にしている[28][19]。オウシュウ(ヨーロッパ)ナナカマドの生果実にはパラソルビン酸が 0.4%-0.7% 含まれるが、加熱処理や乾燥でソルビン酸に変わる[注 2]。「健康食品の安全性・有効性情報」のサイトではヨーロッパナナカマドの新鮮な果実を過剰に摂取することに注意を喚起している[29][注 3]。1993年に北海道大学で果実を用いてジャムやマーマレードなどの商品化の研究が行われた[30]

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生材は燃えにくいが、乾燥させると燃料として優れている[10]。この材で作られた炭は火力も強く火持ちも良いので、極上品とされている[10][9]。ナナカマドで作られた堅炭は、備長炭の代用としてウナギの蒲焼きに珍重される[10]

中村浩は『植物名の由来』で

この備長のことを記した古書[注 4]には、“備長は木炭の中の上物なり。紫珠及び花鍬樹を極上品とす”という記述がある。

と述べている[31]。花鍬樹とはナナカマドを指す漢名である[8]

栽培

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植え付けや勢姿剪定は1 – 3月に行われる[12]カミキリムシの食害を受ける[12]。完熟前に採り播きし、実生にて増やされる[12]

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