あたらいい祝日の日、元旦をを迎えました

令和6年7西暦2025年、1月元旦というめでたい祝日なのですネ。

このオッサンも今年の誕生月を迎えると、満90歳を迎えます。
年が変わっても、年齢が変わっても毎日やっていることは一向に変わりません。

元旦と元日は、どちらも1年の始まりを表す言葉ですが、一体どのような違いがあるのでしょうか。

元旦:元日の朝

(「旦」という字は、太陽を表す「日」と地平線を表す「一」から成り立っている)

元日:一月一日

上記が、基本的な意味だと言われています。

「元日」は、1月1日の“1日”を、「元旦」は1月1日の“午前中”を指すこととなります。

では、「元旦の朝」という表現は誤りなのでしょうか?

その答えは、必ずしもそうとは言えない、です。

国語辞典の中には、「元旦」の意味として「元日」を載せているものもあります。

しかし、「元旦の朝」は重複表現であり、避けるべき、としている辞書もありますので、「元旦」を「元日」という意味では使わないほう良いかもしれませんね。

元旦と元日、年賀状で使うならどっち?

元旦と元日-年賀状

「元旦」と「元日」。どちらにしろ、一般的には1月1日に届くように投函した年賀状のみに用いることができます。

また、1月1日に配達される年賀状は、基本的に午前中に届けられるので、「元旦」という言葉を使うことが多いです。

そのため、投函が遅れてしまい、1月2日以降に届く可能性がある場合には、「令和○○年正月」や、「令和○○年初春」などとする方が良いと言われています。

しかし、現在では「元旦」や「元日」が年賀状の締めに使う決まり文句のように捉えられている風潮があります。

ですので、松の内(関西では1月15日(小正月)まで、関東では1月7日(大正月)までのところが多い)までに届くものであれば、「元旦」や「元日」と書く人も多く見られます。

元日に年賀状を届けてもらうには?

元日-年賀状

年賀状は1月7日までに届けば良い、とされています。

それでもやはり、せっかくであれば元日に届いたほうが嬉しいですよね。

では、いつまでに出せば年賀状は元日に届くのでしょうか。

日本の年賀状受付期間は、12月15日から12月25日までです。この期間に出すことができれば、元日に届きます。

早めに準備して、なるべく元日に届くように出すのがいいですね。

12月31日、今年最後の日を迎えることになりました。

皆さんにとって、この一年はどのような一年だったのでしょうか?

大晦日・大晦(12月31日 年中行事)

一年の最後の日。

月末のことを「晦日(みそか)」または「晦(つごもり)」と言い、年末の最後の晦日なので「大晦日(おおみそか)」「大晦(おおつごもり)」と言う。

もともと「みそか」は「三十日」の意。「つごもり」は「月隠り(つきごもり)」が転じたもので、旧暦において毎月1日は月が隠れているように見える「新月」であり、その前日を「つごもり」と呼んだ。

年越しそば

一般的には家庭で「年越しそば」を食べ、そばのように長く幸福にと願いながら新年を迎える。また、年越しの夜のことを「除夜(じょや)」とも言う。深夜0時を挟む時間帯に寺院では「除夜の鐘」が撞かれる。

かつて、「除夜」は年神(歳神)を迎えるために一晩中起きている習わしがあり、この夜に早く寝ると白髪になる、皺が寄るといった俗信があった。

この日には「二年参り」と呼ばれる「初詣」を行う人もいる。これは「大晦日」の深夜0時をまたがって神社仏閣に参拝・参詣することであり、年をまたいで行うことからこの名で呼ばれる。

また、「大晦日」に食べるものとして「年越しそば」以外にも「雑煮」や「寿司」「鍋」などを食べる風習もあり、地域によっても異なる。香川県では「年越しそば」ならぬ「年越しうどん」を食べる家も多い。

12月31日、今年最後の日を迎えることになりました。晦日あるいは大みそかと呼ばれます。

大晦日・大晦(12月31日 年中行事)

一年の最後の日。

月末のことを「晦日(みそか)」または「晦(つごもり)」と言い、年末の最後の晦日なので「大晦日(おおみそか)」「大晦(おおつごもり)」と言う。

もともと「みそか」は「三十日」の意。「つごもり」は「月隠り(つきごもり)」が転じたもので、旧暦において毎月1日は月が隠れているように見える「新月」であり、その前日を「つごもり」と呼んだ。

年越しそば

一般的には家庭で「年越しそば」を食べ、そばのように長く幸福にと願いながら新年を迎える。また、年越しの夜のことを「除夜(じょや)」とも言う。深夜0時を挟む時間帯に寺院では「除夜の鐘」が撞かれる。

かつて、「除夜」は年神(歳神)を迎えるために一晩中起きている習わしがあり、この夜に早く寝ると白髪になる、皺が寄るといった俗信があった。

この日には「二年参り」と呼ばれる「初詣」を行う人もいる。これは「大晦日」の深夜0時をまたがって神社仏閣に参拝・参詣することであり、年をまたいで行うことからこの名で呼ばれる。

また、「大晦日」に食べるものとして「年越しそば」以外にも「雑煮」や「寿司」「鍋」などを食べる風習もあり、地域によっても異なる。香川県では「年越しそば」ならぬ「年越しうどん」を食べる家も多い。

12月30日は地下鉄記念日です

2024年も残すところあと日となりました。皆さんにとって良い1年だったのでしょうか?
オッサンにとっては、病と闘う半年間でした。

地下鉄記念日(12月30日 記念日)

1927年(昭和2年)のこの日、上野~浅草間(2.2km)に日本初の地下鉄(現:東京メトロ銀座線)が開業した。「地下鉄開業の日」ともされる。

1925年(大正14年)9月の工事開始から2年3ヵ月で完成した。所要時間は4分50秒、運賃は10銭だった。開業日には、物珍しさもあって、1日で10万人に近い人が乗車したという。

この日本初の地下鉄はロンドンの地下鉄に感心した早川徳次(はやかわ のりつぐ、1881~1942年)が、東京にもと尽力し、ようやく実現させたものだった。ウィングが回転して通過できる自動改札機、間接照明と新しい事ずくめであった。日本に地下鉄を紹介・導入した早川は日本において「地下鉄の父」と呼ばれる。

開業当時の1000形
開業当時の1000形

現在の銀座線は、東京都台東区の浅草駅から渋谷区の渋谷駅間を結ぶ、東京地下鉄(東京メトロ)が運営する鉄道路線。鉄道要覧における名称は「3号線銀座線」である。路線名は繁華街の「銀座」に由来する。車体および路線図や乗り換え案内で使用されるラインカラーは「オレンジ」、路線記号は「G」となっている。

東京メトロ銀座線

12月29日はシャンソンの日です

シャンソンの日(12月29日 記念日)

1990年(平成2年)のこの日、東京・銀座のシャンソン喫茶店の老舗「銀巴里」(ぎんパリ)が閉店した。

1951年(昭和26年)に日本初のシャンソン喫茶店として開店したこの店は、戦後のシャンソンブームを支え、数々の名曲を生み出した。最後のショーは「銀巴里」で数多くのステージを重ねてきた美輪明宏(みわ あきひろ)が行った。

「銀巴里」は、シャンソンを映画程度の料金で聞いてもらいたいと、消費税も取らず、コーヒー付き1800円で頑張ってきたが、地価高騰には勝てなかった。現在、跡地の銀座七丁目9番11号付近に石碑が立つ。

銀巴里跡石碑

「東の銀巴里、西のラ・ベル・エポック」とも呼ばれた。東京・武蔵野市吉祥寺にあった「ラ・ベル・エポック」は、1974年(昭和49年)に開店し、2009年(平成21年)10月31日に閉店している。「銀巴里」を題材とした音楽作品には、美輪明宏『いとしの銀巴里』、野坂昭如『銀巴里物語』、なかにし礼『さらば銀巴里』がある。

12月28日はディスクジョッキーの日です

ディスクジョッキーの日(12月28日 記念日)

ラジオプレスの上野修(うえの おさむ、1930~2002年)が提唱。ラジオDJ、パーソナリティーの事務所として、ディスクジョッキーの養成、番組製作などを手がけている株式会社サンディが制定。

日付は、日本のディスクジョッキーの草分けであり、ラジオの深夜放送で活躍した糸居五郎(いとい ごろう、1921~1984年)の命日で、その業績をしのんだもの。

ディスクジョッキーの魅力、パーソナリティーの魅力を多くの人に伝えることが目的。ディスクジョッキー界の発展を願う想いが込められている。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

サンディ

サンディは、1983年(昭和58年)10月に創業した会社で、東京都渋谷区笹塚に本社を置く。事業として、ディスクジョッキーマネージメント、放送タレントキャスティング、ラジオ番組企画制作、イベント企画制作・運営管理などを行う。

ディスクジョッキー(disc jockey)はDJ(ディージェイ)とも略され、ポピュラー音楽をラジオ番組などで選曲、操作する、または演奏会場やクラブ、ソフトなどで再生機器で客に聴かせる人物。

ディスクジョッキーのディスクは、かつてはレコード盤のみを指していたが、その後CD、あるいはCD-R、デジタルオーディオファイルと音楽の記録媒体が増えてきている。

糸居五郎が出演していた番組として、ニッポン放送の深夜ラジオ番組『オールナイトジョッキー』や『糸居五郎のオールナイトニッポン』『オールナイトニッポン電話リクエスト』『サンデー糸居五郎』などがある。

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