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10月11日はリンゴの唄の日です

「リンゴの唄」の日(10月11日 記念日)

1945年(昭和20年)のこの日、戦後初めて製作・公開された映画『そよかぜ』(松竹大船)が封切られた。

歌手・並木路子(なみき みちこ、1921~2001年)が歌う主題歌・挿入歌「リンゴの唄」は日本の戦後を象徴する歌として大ヒットとなった。

作詞はサトウハチロー(1903~1973年)、作曲は万城目正(まんじょうめ ただし、1905~1968年)。歌の始まりは「赤いリンゴに 唇よせて だまって見ている 青い空」で、戦後のヒット曲第1号となった楽曲である。

可憐な少女の思いを赤いリンゴに託して歌う歌詞が、終戦後の焼け跡の風景や戦時の重圧からの解放感とうまく合っていたのと、敗戦の暗い世相に打ちひしがれた人々に明るくさわやかな歌声がしみわたり、空前の大ヒットとなった。2007年(平成19年)には「日本の歌百選」に選出されている。

赤いリンゴの唄を思い出しながら、数独に挑戦してみてはいかがでしょうか?

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            黒い枠の合計は幾つになりましたか。

10月10日(11日日もです)はデジタルの日です

デジタルの日(10月10日・11日 記念日)

日本の行政機関の一つであるデジタル庁が2021年(令和3年)に制定。英語表記は「Japan Digital Days」。

デジタルの日

この日は「デジタルに触れ、使い方や楽しみ方を見つける日」となっている。年に一度のデジタルの記念日である。2021年の「デジタルの日」は10月10日と11日の二日間。テーマは「#デジタルを贈ろう」である。

例えば、祖父母にタブレット端末を贈る、子どもとプログラミング教室に行ってみる、仕事なら業務のデジタル化にチャレンジしてみる。馴染みのないデジタルを知り、触れる機会を周りの大切な人と作る日。そして、日本の「人に優しいデジタル社会」を進めていくきっかけとなる日である。

この日に合わせて、日本各地でデジタル活用について支援する講習会やセミナーが一斉に開催される。また、Yahoo!ショッピングや楽天市場、Amazonなどにおいてデジタル機器の割引やポイント還元のキャンペーンが実施される。

「デジタルの日」は、デジタルについて定期的に「振り返り」「体験」「見直し」をする機会であり、「デジタルの日」のロゴは、この3つの行動を3本のラインで表現している。また、不完全な四角形は、どんな人でも優しいデジタルをイメージし、さらにスマホやパソコンなどの画面を表現している。

デジタル庁(Digital Agency)とは、2021年9月1日に設置された行政機関の一つ。東日本大震災からの復興を目的とする復興庁(Reconstruction Agency)と同じく、国家行政組織法の適用が除外されており、必要な事項はデジタル庁設置法に規定されている。

デジタル庁は、国・地方行政のIT化やDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を目的としてIT分野を担当する。また、「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化を。」をミッションに掲げ、一人ひとりの多様な幸せを実現するデジタル社会を目指し、世界に誇れる日本の未来を創造する。

10月9日は土偶の日です

土偶という言葉は思い出させますか?

土偶の日とは

土偶の日2021

土偶の日とは、縄文ドキドキ会により制定された縄文文化の魅力みりょくをアピールする日です。
以下、縄文ドキドキ会さん(https://jomondoki.com/dogu_no_hi/)からの引用です。

毎年10月9日をど(10)ぐう(9)の語呂合わせで「土偶の日」、10月と9月を「土偶/縄文の文化推進月間」として、 縄文ドキドキ会の前身である「土偶の日運営委員会」が提唱した記念日です。2016年から2020年までは、日本記念日協会に認定記念日として登録されていました。
縄文文化の魅力を知るきっかけとして、縄文ドキドキ会では今後も「10月9日は土偶の日」を提唱します。

なんと素敵すてきな日、縄文を冠かんする当館としてはぜひともあやかりたい記念日です。

ということで、縄文の里・朝日でみることのできる土偶を紹介します。

ハート形土偶

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元屋敷遺跡出土のハート形土偶

ハート形土偶は、土偶の顔の印象いんしょうから名付けられた土偶です。縄文時代後期前葉(約4,000年前)の土偶です。
顔の輪郭りんかくがハート形でカワ(・∀・)イイ!!
あわせて、つぶらな目とおちょぼ口がなんともあいらしい。
大きく、たかい鼻。鼻の穴が三つのものがあります。
ハート形土偶は、こわれているものが非常に多く、全体像がわかりにくいです。

ハート形土偶イラスト

上の絵は、よくあるハート形土偶(おそらく群馬県ぐんまけん吾妻郡あがつまぐん東吾妻町ひがしあがつままち郷原ごうばら出土)の写真を参考さんこうに描えがいたハート形土偶です。
この全体像ぜんたいぞうから、ハート形の顔、いかり肩、ひかえめ?な乳房ちぶさ、くびれた細いウエスト、しっかりした太い足とけっこう特徴的です。
ハート形土偶は自立しています。
ハート形土偶は上を向いています。
この事から、ハート形土偶はポジティブです(個人の感想です)。

ハート形土偶は、どこかに立てておく必要があったのでしょう。しかも、なにかを見上げています。
元屋敷遺跡では、配石遺構はいせきいこうという石組いしぐみの野外施設やがいしせつからハート形土偶が出土しています。
配石遺構に置いてあったようです。土偶の一つの使い方を示した例です。

元や配石土偶報告書写真

元屋敷遺跡の配石遺構はいせきいこう4000と、そこから出土したハート形土偶

夜、かがり火に照てらされ、配石遺構にポツンとたたずむハート形土偶。
前に立つ縄文人と目が合うハート形土偶。
そんな場面が妄想もうそうされます。

山形土偶

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元屋敷遺跡出土の山形土偶

山形土偶やまがたどぐうは、頭のかたちが山のように三角にもりあがっている土偶です。縄文時代後期中葉(約3,500年前)の土偶です。

山形土偶は、ハート形土偶から形がじょじょに変化してきたようです。

元や土偶6

ハート形土偶から山形土偶への過渡期かときの土偶

上の写真の土器は、山形になりきらない頭のかたち、背中の文様がハート形土偶と同じ時期の土器文様より少し新しい文様である点からハート以上山形未満の土偶であることが考えられています。
また、ハート形土偶より引き継いだ点として、いかり肩やひかえめ?な乳房、正中線せいちゅうせんが挙げられます。

山形土偶の特徴として、頭部が△さんかくの山形である。足が短く、自立できない。この2つが大きな特徴です。
また、正中線せいちゅうせんや下腹部かくふくぶのふくらみといった妊婦にんぷの特徴も表現されています。

山形土偶は、ハート形土偶と違った使い方になったのかもしれません。
竪穴住居の中にねかせておいたのかもしれません。
同じ建物の中にあることで、土偶と縄文人との物理的ぶつりてきな距離きょりが近くなったのかもしれません。

変化する山形土偶

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元屋敷遺跡出土の縄文時代後期後半の土偶

山形土偶の△さんかくの頭のかたちが変って、山形ではなくなってきた土偶です。縄文時代後期後半(約3,500年前)に作られました。

山形の頭が変化して、いろいろな形がでてきます。
縄文人のヘアースタイルを反映していると考えられています。

この時期、元屋敷遺跡では、竪穴住居の中から出土した土偶があります。

元やSI1003住居土偶写真

竪穴住居1003から出土した土偶

ハート形土偶が野外施設やがいしせつから見つかった例とは好対照こうたいしょうに、この土偶は、竪穴住居たてあなじゅうきょ内から出土しました。
時代がかわり、土偶も変化しているようです。ハート形土偶とちがい自立できない土偶なので、竪穴住居においてあったようです。

遮光器土偶

元や土偶1

元屋敷遺跡出土の遮光器土偶しゃこうきどぐう

遮光器土偶しゃこうきどぐうとは、目の特徴とくちょうが、雪目ゆきめにならないように着けるエスキモーの遮光器しゃこうき(スノーゴーグル)に似ていることからのネーミングです。縄文時代晩期(約3,000年前)に作られました。

土偶の代表格だいひょうかく、遮光器土偶。
東北中北部、岩手、青森、宮城県を中心に北海道南部から関東、中部地方までひろがりをみせる土偶です。
新潟県でも出土例があり、元屋敷遺跡からも出土しました。
本場の流麗りゅうれいで繊細せんさいな遮光器土偶からだいぶ省略された印象のある遮光器土偶です。
現代人をも魅了みりょうしてやまない遮光器土偶は、縄文文化の集大成しゅうたいせいのような風格ふうかくがあります。

しかし、遮光器土偶は他地域からもちこまれた土偶であり、元屋敷遺跡で根付いた土偶もありました。

遮光器土偶と同時期の土偶

元や土偶4

元屋敷遺跡出土の遮光器土偶と同時期の土偶

遮光器土偶と同時期である縄文時代晩期(約3,000年前)の土偶です。
蹲踞姿勢そんきょしせい(しゃがむ格好かっこうのこと)をとる土偶です。
ひざをかかえ、体育座たいいくずわりするような恰好をしています。
大の字でねっころがっていた前段階の土偶とちがい、すわっています。
そして、顔が上を向いています。
ハート形土偶と同じで、どこかに置いて、なにかを見上げているという状況を想定そうていした造つくりになっています。

縄文人は土偶になにを見てほしかったのでしょうか。

縄文時代終わりごろの土偶

元や土偶4

元屋敷遺跡出土の縄文時代おわりごろの土偶

結髪けっぱつ形土偶といわれる土偶の仲間です。遮光器土偶の特徴である中空ちゅうくう(中が空洞くうどう)のつくりと、元屋敷遺跡で作られていた土偶のようなT字の眉鼻になる顔の特徴を引き継いだ土偶です。いろいろな情報を合わせて土偶が形作られているのかもしれません。
この土偶は自立することは難しいのですが、顔は上を向いています。縄文人が手にもって、立たせてあげていたのでしょう。

この土偶以降、奥三面遺跡群おくみおもていせきぐんでは土偶が姿を消します。

元屋敷遺跡における土偶

元や土偶2

土偶とは、主に縄文時代に作られた人形ひとがたの土製品のことです。土偶はその特徴から女性を表現していると考えられます。
奥三面遺跡群おくみおもていせきぐん元屋敷もとやしき遺跡における土偶は、時代ごとに変化しています。しかし、よくみるとその特徴は連綿れんめんと引き継つがれていることが分かります。

気になるのは、
土偶はなんのためにつくられたのか
ということではないでしょうか。

元屋敷遺跡では、配石遺構はいせきいこうと竪穴住居たてあなじゅうきょ、穴から出土した土偶があり、使われる場所があることが分かりました。土偶を置く場所があり、土偶を安置あんちしておくことに意味があったのではないでしょうか。
しかし、ほとんどの土偶が、土器などが投げ込まれている、捨て場といわれるガケに置かれています。
こわれて捨てられてしまったようです。
土偶はわざとこわしているという説があります。身代わりにしているということらしいです。
しかし、元屋敷遺跡の土偶にはこわれた首や手足をアスファルトで接着せっちゃくしたものもあります。
いづれにしても役割やくわりをおえた土偶は、役割をおえた土器とおなじようなところにおかれていたようです。

縄文人は、土偶を特定の場所に置きたい
縄文人は、土偶になにかを見せたい
縄文人は、土偶を大切にした
以上の点から導かれる答えは。。。

土偶は、縄文人のこころの支ささえであった
です。
縄文人の楽しい時、苦しい時、悲しい時を黙って、みつめていてくれたのが土偶です。

土偶が何なのかということは、縄文人に聞かないと分からないです。いや、当の縄文人も分からなくなっているかもしれません。現代人の我々が「あなたの苗字みょうじの意味はなに?」、「弥勒菩薩みろくぼさつってなんであんな格好かっこうをしているの?」と聞かれても答えに困こまりますよね。

土偶は、縄文人の信仰しんこうのかたちを、人のかたちで表現したものと推測すいそくされています。
土偶があらわす物語ストーリーを縄文人は共有し、たとえ遠くの地域の縄文人たちとも、その物語にそった生き方やルールを守るための道具だったのでしょう。
土偶には見た目で縄文文化を表現する力があるのでしょう。だからこそ、現代人にも土偶の魅力みりょくが説明なしに伝わるのでしょう。

「土偶は分からない」ということが、縄文文化への呼び水となり、さらに分からない縄文ロマンへと誘いざなうのです。
これを読んだあなたは、もう「土偶は分からない」から逃のがれられないのです。

10月8日は足袋の日です

オッサンはこの種の足袋は履きませんが、このような記念日が制定されているのですね。

足袋の日(10月8日 記念日)

日本足袋工業会が1988年(昭和63年)に制定。

「10月」は七五三・正月・成人式と和装で足袋を履く季節の前にあたり、「8日」は「八」が末広がりで縁起がよいことからこの日が選ばれた。和装文化に欠かせない足袋の魅力を多くの人に知ってもらうことが目的。記念日は2018年(平成30年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

足袋

足袋について

足袋(たび)とは、和装の際に足に直接履く衣類の一種である。木綿の布でできたものが一般的で、小鉤(こはぜ)と呼ばれる特有の留め具で固定する。

日本固有の伝統的な衣類で、草履・下駄・雪駄などを履く際に用いるため、親指と人差し指の部分で袋が2つに分かれている(叉割れ)。また、丈夫な生地で作られた本体にゴム底を貼り付け、直接屋外で履くことができるようにした地下足袋(じかたび)と呼ばれる足袋もある。

10月7日はミステリー記念日です

ミステリー記念日(10月7日 記念日)

1849年のこの日、ミステリー小説(推理小説)の先駆者であるアメリカの小説家エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe、1809~1849年)が40歳で亡くなった。

ポーのダゲレオタイプ(1848年)
ポーのダゲレオタイプ(1848年)

世界初の推理小説は1841年に発表されたポーの短編小説『モルグ街の殺人』と言われている。そのほか科学的知見を取り入れた『アーサー・ゴードン・ピムの物語』などの冒険譚は、フランスの小説家で「SFの父」とも呼ばれるジュール・ヴェルヌ(Jules Verne、1828~1905年)ら後世のSF作家にも影響を与えている。

推理小説は、小説のジャンルの一つで、殺人・盗難・誘拐・詐欺など、なんらかの事件・犯罪の発生と、その合理的な解決へ向けての経過を描くもの。小説以外にも漫画や映画、ゲームなど様々なメディアに展開される「ミステリー」というジャンルの元になった。ミステリー(mystery)は、推理小説、神秘、不思議などを意味する英語である。

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