2025年04月 アーカイブ

4月18日は世界アマチュア無線の日です

世界アマチュア無線の日(4月18日 記念日)

1973年(昭和48年)に世界アマチュア無線連合会(IARU)が制定。英語表記は「World Amateur Radio Day:WARD」。

1925年(大正14年)のこの日、パリ・ソルボンヌ大学(現:パリ大学)で世界アマチュア無線連合会が創立されたことを記念したもの。この日には、アマチュア無線の素晴らしさを広く世界の人たちに伝えようと、毎年テーマが決められ、アマチュア無線のデモンストレーションなどが行われる。

World Amateur Radio Day

80周年を迎えた2005年(平成17年)のテーマは「無線通信の世界を拡げるアマチュア無線家たち」であった。この日は世界のアマチュア無線家の社会貢献が電波の上で祝われる日でもある。

関連する記念日として、7月29日は「アマチュア無線の日」となっている。

4月17日はまいどなの日なのです

まいどなの日(4月17日 記念日)

兵庫県神戸市中央区に本社を置き、「神戸新聞」や「デイリースポーツ」などを発行する株式会社神戸新聞社が制定。

日付は同社と関西のいくつものメディアが集い製作するニュースサイト「まいどなニュース」の開設日である2019年(平成31年)4月17日から。

「まいどなニュース」をより多くの人に知ってもらい、多様性のある地方発のニュースの重要性を感じてもらうことが目的。記念日は2020年(令和2年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

まいどなニュース

「まいどなニュース」は関西からの情報発信にこだわっている。その名前は関西弁の気軽な挨拶である「まいど」と、知的好奇心が満たされた時に思わずつぶやいてしまう「なるほど」を組み合わせたものである。

一見フレンドリーで物腰はやわらかだが、本質は関西人のしつこさで見逃さない。笑いの向こうに驚きや発見がある情報を、全国、そして世界へ発信している。

真面目な新聞社に、エンタメ色の強いスポーツ紙、そのほかテレビやラジオ、街ネタに強い雑誌社など、多彩なメディアが参画。各社の編集に関する技術や知識、経験をいかして、読みごたえのある記事を届けている。

4月16日は女子マラソンの記念日です

女子マラソンの日(4月16日 記念日)

1978年(昭和53年)のこの日、東京・多摩湖畔で日本初の女子フルマラソンの大会「第1回女子タートルマラソン全国大会」が開かれた。

走る女性

多摩湖畔を3周するコースで、参加者は最高齢71歳を含めわずか49人だったが、初めての女子マラソンということで、沿道には10万人を超える大観衆が集まった。優勝者は横浜の主婦・外園イチ子さん(37歳)で、タイムは3時間10分48秒だった。

主催者は、中高齢者の健康保持増進を目的として1973年(昭和48年)に設立された公益社団法人・日本タートル協会。団体名に長生きの象徴である亀(タートル)が付いているように、大会も「スピードを競わない(亀のようにゆっくりでよい)」が大きなコンセプトであった。「タートルマラソン(turtle marathon)」は和製英語で、健康維持や体力づくりを目的として、ゆっくりと走るマラソンを意味する。

「第1回女子タートルマラソン全国大会」のコースとなった多摩湖の周遊道路の約13.6kmのほとんどの部分を東大和市が占めていたこともあり、日本初の女子フルマラソン大会の開催地として歴史を後世に伝えるため、2013年(平成25年)度に東大和市は記念碑「水の精」像を建立し、また記念事業を実施した。

4月14日はタイタニック号の日です

タイタニック号の日(4月14日 記念日)

1912年(明治45年)のこの日、初航海中のイギリスの大型客船「タイタニック号」が、北大西洋ニューファントランド沖で氷山に激突し、翌日未明にかけて沈没した。

タイタニック号

イギリスのサザンプトン港からニューヨークに向けて出発したのが4月10日。その4日後の出来事だった。沈没に要した時間はわずか2時間40分。乗客乗員2208人のうち1513人が死亡または行方不明となる大惨事だった。これは当時、海難事故における最大の死者数であった。

この事故の原因や被害には、救命設備・流氷の監視・無線電信など様々な問題が関連しており、その後の船の安全確保において多くの教訓が生かされる結果となった。

1997年(平成9年)、ジェームズ・キャメロン監督・脚本による映画『タイタニック』として映画化された。主にSFアクション映画を手掛けてきたキャメロン監督が、一転して挑んだラブロマンス大作であり、主演はレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレット。ストーリーはタイタニック号沈没の史実を交えて展開し、貧しい青年と上流階級の娘の悲恋を描いている。

この映画の興行収入は全世界で18億3500万ドルと、2009年(平成21年)の同監督による『アバター』に抜かれるまで映画史上最高の世界興行収入を記録し、ギネスブックに登録されていた。日本における興行収入は262億円で、2001(平成13年)の宮崎駿監督による『千と千尋の神隠し』に抜かれるまで1位であった。映画パンフレットも日本で153万部を売り上げた。

1998年(平成10年)の第70回アカデミー賞において、作品賞、監督賞、撮影賞、歌曲賞、音楽賞、衣裳デザイン賞など11部門で受賞した。また、セリーヌ・ディオンが歌う主題歌「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」(My Heart Will Go On)も大ヒットした。

4月13日は喫茶店の日の日です

喫茶店の日(4月13日 記念日)

1888年(明治21年)のこの日、東京・上野(下谷上野西黒門町)に日本初の本格的なコーヒー喫茶店「可否茶館(かひいさかん)」が開店した。

1階がビリヤード場、2階が喫茶室の2階建ての洋館で、1階ではビリヤードの他、トランプや囲碁、将棋などをすることができた。珈琲(コーヒー)は、明治の文明開化に花を添えるハイカラな飲み物として、特権階級の人々の間で人気があった。

「可否茶館」での値段は、もりそば1杯1銭の時代にコーヒーが1銭5厘、牛乳入りコーヒーが2銭だった。また、席料が1銭5厘もした。値段が高すぎたこともあり「可否茶館」は、3年もたずに閉店してしまった。

その後、1910年代の明治時代末から大正時代にかけて「カフェー」と呼ばれる喫茶店が全国的に普及し、日本において喫茶店ブームとなった。1950年代後半には音楽も楽しむことができる「ジャズ喫茶」「歌声喫茶」「名曲喫茶」などが流行した。このような喫茶店が登場・浸透した理由に、当時はレコードが高価で個人では購入が難しかったことが挙げられる。

1960年代から1970年代には、酒類を扱わない、純粋な喫茶店である「純喫茶」が流行した。「純喫茶」は、酒類を扱い、女給(ホステス)による接客を伴う「特殊喫茶」に対する呼び名である。店主自らがコーヒーを淹れるようなこだわりがある喫茶店が増えたのはこの頃からである。

喫茶店「ミロンガ・ヌオーバ」

上の写真は東京・神田神保町にある老舗の喫茶店「ミロンガ・ヌオーバ」である。日本のタンゴ全盛期の1953年(昭和28年)に創業した「タンゴ喫茶」で、店内には哀愁を帯びたタンゴの音色が響き渡る。

関連する記念日として、喫茶店チェーン「コメダ珈琲店」を展開する株式会社コメダが「く(9)つ(2)ろ(6)ぎ」と読む語呂合わせから9月26日を「くつろぎの日」に制定している。また、「コーヒー年度」の始まりの日に由来して、一般社団法人・全日本コーヒー協会が10月1日を「コーヒーの日」に制定している。

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