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4月16日は女子マラソンの記念日です

女子マラソンの日(4月16日 記念日)

1978年(昭和53年)のこの日、東京・多摩湖畔で日本初の女子フルマラソンの大会「第1回女子タートルマラソン全国大会」が開かれた。

走る女性

多摩湖畔を3周するコースで、参加者は最高齢71歳を含めわずか49人だったが、初めての女子マラソンということで、沿道には10万人を超える大観衆が集まった。優勝者は横浜の主婦・外園イチ子さん(37歳)で、タイムは3時間10分48秒だった。

主催者は、中高齢者の健康保持増進を目的として1973年(昭和48年)に設立された公益社団法人・日本タートル協会。団体名に長生きの象徴である亀(タートル)が付いているように、大会も「スピードを競わない(亀のようにゆっくりでよい)」が大きなコンセプトであった。「タートルマラソン(turtle marathon)」は和製英語で、健康維持や体力づくりを目的として、ゆっくりと走るマラソンを意味する。

「第1回女子タートルマラソン全国大会」のコースとなった多摩湖の周遊道路の約13.6kmのほとんどの部分を東大和市が占めていたこともあり、日本初の女子フルマラソン大会の開催地として歴史を後世に伝えるため、2013年(平成25年)度に東大和市は記念碑「水の精」像を建立し、また記念事業を実施した。

4月14日はタイタニック号の日です

タイタニック号の日(4月14日 記念日)

1912年(明治45年)のこの日、初航海中のイギリスの大型客船「タイタニック号」が、北大西洋ニューファントランド沖で氷山に激突し、翌日未明にかけて沈没した。

タイタニック号

イギリスのサザンプトン港からニューヨークに向けて出発したのが4月10日。その4日後の出来事だった。沈没に要した時間はわずか2時間40分。乗客乗員2208人のうち1513人が死亡または行方不明となる大惨事だった。これは当時、海難事故における最大の死者数であった。

この事故の原因や被害には、救命設備・流氷の監視・無線電信など様々な問題が関連しており、その後の船の安全確保において多くの教訓が生かされる結果となった。

1997年(平成9年)、ジェームズ・キャメロン監督・脚本による映画『タイタニック』として映画化された。主にSFアクション映画を手掛けてきたキャメロン監督が、一転して挑んだラブロマンス大作であり、主演はレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレット。ストーリーはタイタニック号沈没の史実を交えて展開し、貧しい青年と上流階級の娘の悲恋を描いている。

この映画の興行収入は全世界で18億3500万ドルと、2009年(平成21年)の同監督による『アバター』に抜かれるまで映画史上最高の世界興行収入を記録し、ギネスブックに登録されていた。日本における興行収入は262億円で、2001(平成13年)の宮崎駿監督による『千と千尋の神隠し』に抜かれるまで1位であった。映画パンフレットも日本で153万部を売り上げた。

1998年(平成10年)の第70回アカデミー賞において、作品賞、監督賞、撮影賞、歌曲賞、音楽賞、衣裳デザイン賞など11部門で受賞した。また、セリーヌ・ディオンが歌う主題歌「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」(My Heart Will Go On)も大ヒットした。

4がつ11日はガッツポーズの日です

ガッツポーズの日(4月11日 記念日)

1974年(昭和49年)のこの日、東京の日大講堂で、ボクシングWBC世界ライト級タイトルマッチが行われ、ガッツ石松がチャンピオンのロドルフォ・ゴンザレスにKO勝利した。

その時、ガッツ石松が両手を挙げて勝利の喜びを表わした姿をスポーツ新聞の記者が「ガッツポーズ」と表現したことで、「ガッツポーズ」という言葉が広まるきっかけになったという。

ガッツポーズをする人

「ガッツポーズ」は、喜びを表すポーズの一つで、スポーツなどで勝利した時や、良い成績を残した時によく見られる。しかし、相撲や剣道、柔道、野球など一部のスポーツでは不適切な行為として問題視されることもある。

ポーズ自体は昔からあり、「ガッツポーズ」という言葉が初めて使用されたのは、1972年(昭和47年)11月30日に発行されたボウリング雑誌「週刊ガッツボウル」がストライクを取った時のポーズを「ガッツポーズ」と命名した時とされる。

「ガッツポーズの起源はガッツ石松である」という説には賛否両論あるが、ガッツ石松説が一般的に認識されていることや、上記のようにガッツ石松によりガッツポーズが広く知られるようになったことは事実である。

4月9日は大仏の日で大仏開眼の日です

大仏の日・大仏開眼の日(4月9日 記念日)

752年(天平勝宝4年)のこの日、奈良・東大寺の大仏が完成し、開眼供養会(かいげんくようえ:魂入れの儀式)が盛大に行われた。

大仏は聖武天皇の発願で745年(天平17年)に制作が開始され、盧舎那仏(るしゃなぶつ)と言われる大乗仏教における仏の一つである。正式な名称は「盧舎那仏坐像」であるが、一般に「奈良の大仏」として知られる。

奈良の大仏

現在の坐像は座高が約15m、顔の長さ約5m、目の長さ約1mで、この大仏開眼供養で使用された遺品は正倉院に奉納されている。中世、近世に焼損したため大部分が補作されており、当初に制作された部分で現在まで残るのはごく一部である。「銅造盧舎那仏坐像」の名で彫刻部門の国宝に指定されている。

4月8日は灌仏会の花祭りの日です

灌仏会・花祭り(4月8日 年中行事)

「灌仏会(かんぶつえ)」は、仏教の開祖・釈迦(しゃか)の生誕を祝う仏教行事である。地域や寺院によっては月遅れの5月8日に行われる。

灌仏会

一般的には「花祭り(はなまつり)」と呼ばれ、その他に「降誕会(ごうたんえ)」「仏生会(ぶっしょうえ)」「浴仏会(よくぶつえ)」などの別名もある。

古代から釈迦の生まれたインドなどで行われてきた行事で、日本では「お盆」とともに仏教伝来からの歴史がある。この日、各地の寺院では花で飾った小さな堂「花御堂(はなみどう)」が作られ、堂の中央に釈迦の立像を安置し、参拝者が御像に甘茶を注ぐ儀式が行われる。

花御堂は釈迦が生まれたとされるルンビニの花園を表している。甘茶をかけるのは、釈迦の誕生の時、産湯(うぶゆ)を使わせるために9つの竜が天から清浄の水を注いだとの伝説に由来する。

また、釈迦は母親マーヤーの右脇から生まれ出て、7歩あゆみ、右手を上に、左手を下に向けて、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と言ったという伝説が残っている。この言葉は「全ての人間は尊い目的を果たすために生まれてきた」などの意味があるとされる。

ルンビニは、現在のネパール南部の小さな村で、インドとの国境近くに位置する。釈迦が産湯に使ったとされる池や、アショーカ王が巡礼した時に建立された石柱などが残る。仏教の四大聖地の1つであり、1997年(平成9年)に世界文化遺産に登録された。

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