2024年07月 アーカイブ

新聞配達と向日葵の日


しんぶん配達の日(714日記念日)

日付は1977年(昭和52年)のこの日、日本初の気象衛星「ひまわり」が打ち上げられたことにちなみ、気象衛星が地球を回って情報をもたらすことと、新聞の配達が戸別に回って社会の知識、情報を提供することの共通のイメージから。

毎日、さまざまなニュースを届け、文字・活字文化の一端をになう新聞の戸別配達制度。その制度を支えて、早朝から雨の日も雪の日も新聞を定時に配達するために汗を流している新聞販売所の所長、従業員にスポットライトを当てたいとの想いから記念日とした。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

2016年(平成28年)10月時点で全国に16,731軒の新聞販売所があり、10年前と比較すると3,883軒減少している。また、この業界全体には317,016人の従業員がいるが、販売所と同様に減少傾向にある。大学生や専門学校生などの学生が4,573人、18才未満の少年が1,751人となっている。

気象衛星「ひまわり」が打ち上げられたことに由来して、この日は「ひまわりの日」にもなっている。

今日は続けてその「向日葵の日」も追加して紹介します。

ひまわりの日(714日記念日)

日付は1977年(昭和52年)のこの日、日本初の気象衛星「ひまわり」が打ち上げられたことにちなみ、気象衛星が地球を回って情報をもたらすことと、新聞の配達が戸別に回って社会の知識、情報を提供することの共通のイメージから。

毎日、さまざまなニュースを届け、文字・活字文化の一端をになう新聞の戸別配達制度。その制度を支えて、早朝から雨の日も雪の日も新聞を定時に配達するために汗を流している新聞販売所の所長、従業員にスポットライトを当てたいとの想いから記念日とした。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

2016年(平成28年)10月時点で全国に16,731軒の新聞販売所があり、10年前と比較すると3,883軒減少している。また、この業界全体には317,016人の従業員がいるが、販売所と同様に減少傾向にある。大学生や専門学校生などの学生が4,573人、18才未満の少年が1,751人となっている。

気象衛星「ひまわり」が打ち上げられたことに由来して、この日は「ひまわりの日」にもなっている。

今日は続けてその「向日葵の日」も追加して紹介します。


ひまわりの日(714日記念日)

ひまわり1
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ひまわり1号の質量は打ち上げ時約670kg、その後約315kg、全長は約2.7m、円筒部直径は約2.2mとなっている。打上げ機はアメリカのデルタ2914ロケット132号機。

「ひまわり」は、気象観測を行う日本の静止気象衛星の愛称である。1号から5号までの正式名称は「GMS」(Geostationary Meteorological Satellite:静止気象衛星)、6号と7号は「MTSAT」(Multi-functional Transport Satellite:運輸多目的衛星)である。8号から正式名称が「Himawari」となり、「ひまわり」は愛称から本名になった。

「ひまわり」の名前は、植物のヒマワリから来ており、常に太陽を向いているヒマワリのように、地球の方向を向いているという意味に由来する。

ヒマワリ
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「ひまわり1号」は1989年(昭和64年)630日に運用を終えた。「ひまわり2号」以降は、鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられている。

2023年(令和5年)7月時点で、気象観測を行っている衛生は、2016年(平成28年)112日に打ち上げられた「ひまわり9号」であり、2022年(令和4年)1213日より運用されている。また、「ひまわり10号」は予定はまだ未定ではあるが、計画中となっている。

大文字五山の送り火

今日はあと1か月後京都で行われる、8月16日の午後8時より約1時間,京都市内を囲む山の中腹に巨大な「大」(大文字山・左大文字山の2つ)「妙・法」の文字,船・鳥居の形が相前後して点火されます。これらは,総称して大文字五山の送り火と呼ばれる行事についての説明をご覧いただきたいと思います。
超一流の行事なので皆さんは既にご承知だと思いますが、せっかくですからお付き合いでご覧いただきたいと思います。

【目次】

lu55323gb389_tmp_5e83d3f 知る

lu55323gb389_tmp_5e83d3f[1] 歩く・見る

画像をクリックすると大きい画像が表れます

lu55323gb389_tmp_5e83d3f[2] 知る

lu55323gb389_tmp_54bb01a9 どんな行事

 毎年8月16日の午後8時より約1時間,京都市内を囲む山の中腹に巨大な「大」(大文字山・左大文字山の2つ)「妙・法」の文字,船・鳥居の形が相前後して点火されます。これらは,総称して大文字五山の送り火と呼ばれています。

 京都では8月に入ると個々の家で精霊(先祖)迎えの行事が行われます。16日に行われる五山の送り火は,この精霊(しょうりょう)を再び冥土に送り帰すという意味をもっています。

 一般に盆行事は古来7月に行われていましたが,明治6年(1873)の太陽暦採用にともない,地方によって行われる月はまちまちとなりました。京都では「勝手に変えたらご先祖さんが困らはる」からと旧暦7月にほぼ相当する1カ月後の8月に行っています。

 また,送り火の消炭は疫病除け・魔除けになると伝えられており,盆やコップに注いだ水に送り火の灯りを映して飲めば,中風にかからないという言い伝えもあります。

 現在,点火の儀式や薪の管理などは,各山麓の町の人々が保存会を結成して維持しており,この五山の送り火は,それぞれが京都市無形民俗文化財に登録されています。

 なお,この京都の行事にならって,神奈川県箱根町強羅(ごうら)では「大文字焼祭り」が8月16日に行われており,高知県中村市間崎でも「大文字送り火」が行われています。

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大文字の送り火(『東山名勝図会』巻四)

送り火のはじまり

 五山の送り火のはじまりについては,あまり明らかになってませんが,一説には,戦国時代に盛んに行われた万灯会(まんとうえ)が,次第に山腹に点火され,盂蘭盆会(うらぼんえ)の大規模な精霊送りの火となったのが起源といわれています。文献において,もっとも古いものは,舟橋秀賢(ふなはしふでかた)の日記『慶長日件録』(けいちょうにっけんろく)慶長8(1603)年7月16日の条に見られる「晩に及び冷泉亭に行く,山々灯を焼く,見物に東河原に出でおわんぬ」という記載です。具体的な名称があらわれる比較的早い例は,寛文2(1662)年に刊行された中川喜雲(きうん)の『案内者』(あんないしゃ)で,ここには「妙・法」「船形」「大文字」の記載が見られます。

 ちなみに五山以外では,江戸後期,「い」(市原野),「一」(鳴滝),「竹の先に鈴」(西山),「蛇」(北嵯峨),「長刀」(観空寺村)も点火されていましたが,今では廃絶しています。

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空海を祀った弘法大師堂と金尾

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金尾の全景

送り火の点火方法

大文字送り火  「大」の文字の筆者には空海,あるいは相国寺(現上京区)の僧横川景三(おうさんけいせん,1429~93)の指導で足利義政家臣の芳賀掃部(はがかもん)が設計したなどの各説があり,『案内者』は近衛信尹(このえのぶただ,1565~1614)説を主張しています。江戸初期では,杭を打って火床(ひどこ)をつくり,その杭に松明を結びつけていましたが,寛文・延宝(1661~81)の頃より現行の積木法にかわりました。現在では,山の斜面に土盛りをし,大谷石(おおやいし)を設置,その上に薪を井桁に組んで積み重ね(約1.3メートル),その間に松葉を入れ,火床をつくっています。火床は75基,大の字の1画目の長さ80メートル,2画目160メートル,3画目120メートル,「大」の中心を金尾(かなわ)と称して,特別大きく割木を組んで点火します。

松ヶ崎妙法送り火  「妙・法」の字は,涌泉寺(ゆせんじ,松ヶ崎堀町)の寺伝によると,徳治2(1307)年松ヶ崎の村民が,日蓮(にちれん)の法孫である日像(にちぞう)に帰依し,法華宗に改宗,その時,日像が西山に「妙」の字を書き,下鴨大妙寺(だいみょうじ)の日良(にちりょう)が東山に「法」を書いたと伝えられています。江戸時代の中頃には,杭の上に松明を結んで点火したり,掘った穴に石を置いて火床がつくられていました。現在は,鉄製の受皿火床に割木を井桁状にして積み上げ点火されています。「妙」の火床は103基で縦横の最長は約100メートル,「法」の火床は63基で縦横の最長は約70メートルです。

船形万灯籠送り火  「船形」の舳先(へさき)は西方浄土を指していると言われ,精霊船の意もこめられていると伝えらえれています。かつては割木を大松明の形に束ねて燃やしていましたが,現在,火床は山の斜面に石組をし大谷石を設置,その上に薪を井桁に組むやり方に変わっています。火床は79基,横約200メートル,帆柱の高さ約90メートルです。

左大文字送り火  この山は,岩石が多くて火床が掘り難いところから,以前は篝火を燃やしていましたが,現在は山の斜面に栗石をコンクリートでかためた火床(30センチ~3メートル)に松割木を井桁に約1メートル重ねます。火床53基,1画48メートル,2画68メートル,3画59メートルです。

鳥居形松明送り火  以前は,親火より松明に火を灯して,各火床である青竹に突き刺していましたが,現在では,鉄製受皿が各火床に設置され,その尖った芯に松明を突き刺して点火しています。火床108基,鳥居の笠貫が約70メートル,左右の脚は約80メートルです。

lu55323gb389_tmp_54bb01a9[3] 816日以外の送り火点火

 大文字五山の送り火は,明治時代にはいると,古都を代表する行事として注目され,慶祝行事などの一環で点火されることがありました。下はその一例です。

  • 明治23(1890)年4月8日

   琵琶湖疏水竣工祝賀夜会…大文字山点火

  • 明治24(1891)年5月9日

   ロシア皇太子入洛…全山点火

  • 明治28(1895)年5月15日

   日清戦争後,明治天皇の京都訪問…大文字山で「祝平和」の文字点火

  • 明治31(1898)年10月27日

   皇太子嘉仁親王(よしひとしんのう,大正天皇)京都滞在…大文字点火

  • 明治38(1905)年6月1日

   日露戦争祝勝…旧制三高生による大文字点火

  • 昭和10(1935)年4月3日

   室戸台風襲来(昭和9年9月21日)…倒れた樹木を弔うため大文字点火

  • 平成12(2000)年12月31日

21世紀京都幕開け記念…全山点火

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大文字山の火床

大文字山 左京区浄土寺七廻り町

 標高466メートル。「大文字送り火」は銀閣寺近辺の旧浄土寺村の人々が大文字保存会を組織し維持しています。

 保存会では,8月15日より銀閣寺山門の前で,一般市民から,先祖の供養や現存する人々の利益を願う護摩木(ごまぎ)を当日16日の午前中まで受け付け,集められた護摩木は,送り火の点火材料として山上にある火床へ上げられます。

 午後7時になると,金尾(かなわ)の部分にある弘法大師堂に灯明がともされ,大文字寺と呼ばれる麓の浄土院の住職と保存会員によって般若心経(はんにゃしんぎょう)が唱えられます。その後,午後8時になると,竹に麦わらを結びつけ,松葉を先につけた松明で灯明の火を金尾(かなわ)にある親火にうつし,合図によって一斉に点火されます。

 また,この旧浄土寺村では,江戸時代に送り火に合わせて念仏踊が行われていました。この送り火は,荒神橋(こうじんばし)から御薗橋(みそのばし)までの賀茂川(鴨川)河岸でよく見えます。

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松ヶ崎題目踊(『宝永花洛細見図』巻四)

妙法山 左京区松ヶ崎西山・東山

 西山は標高133メートル,東山は標高187メートル。「松ヶ崎妙法送り火」は,松ヶ崎妙法保存会によって維持されており,地元で法華宗(日蓮宗)の信仰が非常に強いと言うことと密接な関係があります。前日の15日に薪が火床に上げられ,当日の16日午後8時10分に点火されます。この点火の際,「妙」の山では,松ヶ崎堀町にある涌泉寺(ゆうせんじ)の住職や松ヶ崎立正会会長らが読経し祖霊を送ります。

 また,涌泉寺では,送り火が消えた午後9時ごろから,境内で題目踊が催されます。この題目踊は,村民が法華宗に改宗した折に歓喜踊躍して太鼓を打ち,法華の題目を唱えたのに始まるといわれており,現在では,輪になった男女が音頭取りの太鼓の合図で「南無妙法蓮華経」(なむみょうほうれんげきょう)を繰り返しながら,団扇を上下に回転させ,体を屈伸しながら踊るもので,送り火前日の夜にも行われています。この送り火がよく見える場所は,北山通の地下鉄松ヶ崎駅付近です。

lu55323gb389_tmp_54bb01a9[6] 船山 北区西賀茂

 標高は317メートル。「船形万灯籠送り火」は,麓にある西方寺(浄土宗)と船形万灯籠保存会が中心に維持されています。

この「船形」は,西方寺開山の慈覚大師円仁が,承和6(839)年,唐からの帰路,暴風雨に遭い,南無阿弥陀仏と名号を唱えたところ無事おさまり帰郷できたという故事にちなむと伝えられています。

 「大文字送り火」同様に,8月5日から15日まで,西方寺で護摩木の受け付けを行っており,当日は午後8時15分点火され,その後,境内では六斎念仏が行われます。

 六斎念仏は,鉦(かね)や太鼓を打って囃し,念仏を唱えながら踊る民俗芸能です。西方寺の六斎念仏は,左京区にある干菜寺(ほしなでら)の六斎念仏の系統で,本来の踊り念仏の型を比較的保っているといわれています。六斎念仏は,お盆の行事として各所で行われています。この送り火は,北山通の北山大橋からよく見えます。

lu55323gb389_tmp_54bb01a9[7] 左大文字山 北区大北山

 標高は231メートル。「左大文字送り火」は,左大文字保存会によって行事が維持されており,送り火当日とその前日には,金閣寺境内に張られたテントで,護摩木の受け付けを行っています。

 当日の午前中に,北区衣笠街道町にある法音寺(ほうおんじ,浄土宗)の本堂の灯明の火によって,当寺にある親火台(鉄製で蓮華を模して作られた台)への点火が行われます。一方,若い会員を中心に薪や護摩木は山上に上げられ,暗くなる頃には,法音寺住職の読経があり,大松明に親火から火が移されます。午後7時にはこの大松明を中心に行列を作り火床を目指します。点火時間は午後8時15分で,大文字が一斉点火なのに対して,左は筆順通りに火を付けるのが特徴です。この送り火は,西大路通沿いの金閣寺付近でよく見えます。

lu55323gb389_tmp_54bb01a9[8] 曼荼羅山 右京区嵯峨鳥居本

 標高は約100メートル。この山は別に水尾山と呼ばれ,「鳥居形松明送り火」は,松明で燃やしているため,保存会の名も鳥居形松明保存会と称しています。

 昔は特に宗教的行事は伴わなかったのですが,現在では他の送り火と同様に,8月13日から16日まで,化野(あだしの)念仏寺の駐車場にて護摩木の受け付けを行っています。これら護摩木は,化野念仏寺において供養された後,山上へと運ばれ,送り火は午後8時20分に点火されます。

 この送り火は,他のものとは異なり,親火より火を移した松明を持って一斉に走り,各火床に突き立てます。そのため鳥居の柱に当たる火床は縦の走りとよばれ,ベテランの担当する部署であり,笠木と貫の部分は横の走りといい,若い人が担当します。この送り火がよく見える場所は,松尾橋や広沢池などです。

草の名前を調べる

「雑草」という植物はない

雑草と呼ばれる草花にもそれぞれ名前があります

身近な場所で見かける草花を総称して雑草と呼びますが、植物にはそれぞれ名前が付いています。代表的な植物の名前を知るだけで、印象が変わるでしょう。雑草と呼ばれる草花の特徴や、主な種類を紹介します。

栽培目的で植えられた植物以外の草を指す

「雑草」はひとつの植物を指す言葉ではありません。花壇や庭などに人間が栽培したものではなく、自然に生えている草花全体を指します。

似た言葉に「野草」がありますが、どちらも意味合いはそれほど変わりません。庭や空き地など人間が管理しているエリアに生えたものを雑草、野山や草原に自生しているものを野草と呼ぶケースが多いでしょう。

名前の分からない草花をまとめて「雑草」と呼びますが、普段見かける雑草にもきちんと名前は付いています。草花の名前を知るだけで、雑草のイメージが変わるはずです。

雑草は「一年草」と「多年草」の2種類に分類される

草花は「一年草」と「多年草」に分かれています。雑草も生育の仕方で同様に分類されます。

分類

特徴

一年草

  • 発芽から枯れるまでのサイクルが1年

  • 翌年は残された種子から新しい株が育つ

多年草

  • 同じ株が何年も育ち続ける

  • 翌年も同じ株から発芽する

  • 基本的に冬も葉は枯れずに残る

一年草は春または秋に芽を出し、1年の間に枯れる草花です。春に芽を出したものは冬に枯れますが、秋の場合は冬を越して夏頃まで育ちます。枯れる前に種子を作り、新しい命を生み出すのが特徴です。

多年草は冬を越して何年も生きる植物です。冬の間は根が休眠し、春になると同じ株から芽吹きます。見た目は枯れたように見えていても、同じ根から芽吹いている場合は多年草です。

雑草の名前がわからない場合の調べ方

名前が気になる雑草はとりあえず写真を撮っておこう

雑草の名前の調べ方を3つ紹介します。

「外出中に見つけた印象的な花が気になる」「庭に知らない雑草が生えている」という場合、名前がわからないとモヤモヤしてしまいますよね。

雑草の名前がわかれば、特徴や豆知識、除草するべきかどうかなど、雑草との付き合い方がガラっと変わるでしょう。雑草の名前を調べて、外出やガーデニングをめいいっぱい楽しんでみてはいかがでしょうか。

画像検索で調べる

雑草の名前がわからない場合、Googleで画像検索をする方法が効果的です。画像検索は次の手順で行いましょう。

画像検索の手順 (スマートフォンの場合)

  1. 雑草の写真を撮影する

  2. Googleのトップページにアクセスする

  3. PC版サイトを開く

  4. 検索窓右側のカメラのアイコンをタップする

  5. 「画像のアップロード」をタップする

  6. 「ファイルを選択」をタップする

  7. 「フォトライブラリ」をタップする

  8. 撮影した写真を選択する

実際に目の前の雑草の写真を撮影し、Googleのトップページにアクセスします。

画像検索を利用するにはPC版サイトに切り替える必要があるので、iPhoneを使用している場合は画面端の[・・・]ボタンからオプションを開いて選択しましょう。

表示されたカメラのアイコンをタップし、画像のアップロードから順にタップしていきます。撮影した写真を選択すれば、雑草の名前や関連写真など、撮影写真に応じた検索結果が表示されますよ。

iPhoneやAndroidなどのスマートフォンはもちろん、PCでも同様の方法で画像から雑草の名前を調べられます。

植物図鑑アプリで調べる

植物図鑑アプリを使用するのも、雑草の名前を調べる手軽な方法です。

使用方法も簡単で、アプリを使って雑草の写真を撮影するだけ。画像アップロード機能に対応している場合も多いので、後から名前が気になった場合も調べられます。

アプリ内に調べた履歴をコレクションしたり、コミュニティにアクセスしたりできる機能が備わっているものもあるため、これまで以上に植物の興味・関心を深められるのもポイントです。

植物図鑑()で調べる

もちろん書籍タイプの植物図鑑を使って調べる方法も効果的です。情報量が多く、興味のある雑草以外にもさまざまな種類の植物を知れるのが、書籍ならではのメリットといえます。

手軽に持ち運べるハンディタイプのものもあるため、外出時に忍ばせておけば散歩が楽しくなるでしょう。

エアコンに草が生えていた

今日は2つの投稿を続けてご覧いただきたと思います。
一つは次のエアコンに草(雑草と思われる)が飛び出してきた!というお話です。以下の投稿内容をじっくりご覧ください。
そして、続いて同じ日付の別の投稿で、”雑草にもチャンとした名前があるので図鑑などを調べてほしい”という内容の投稿です。
 すこし退屈されると思いますが、ぜひご覧になってください。特に2つ目の花の名前を調べるやり方は参考になるのではないかと思います。

夏のエアコンから飛び出してきた〝まさかのモノ〟に5万人驚がく「すごい生命力」「まじで草生えるwww」

エアコンから、まさかのモノが飛び出してきた……。そんな投稿が、多くのXユーザーを困惑させている。
この暑い夏を乗り切るのに必要不可欠な存在で、我々の命綱といっても過言ではない。そんな大事なエアコンにいったい、何が起きてしまったのか?

草 生 え と る !?
こちらは、XユーザーのN4NOさんが202478日、「あの、意味わかんないこと言うんですけど、エアコンから草が生えてます室外機じゃなくて本体に自分の部屋2階なのに
という呟きと共に投稿した1枚。

やっぱり、草だった。しかも2階なのに……? 夏の日差しを受けて、元気になりすぎちゃったんだろうか。

この怪現象に対し、X上では51000件を超える「いいね」(10日夕時点)のほか、こんな声が寄せられている。

「これは草」
「名前つけて育てましょ!」
「まじで草生えるwww」
「すごい生命力!!」
「令和のジャックと豆の木」

10日、Jタウンネット記者の取材に応じたN4NOさんは、エアコン草発見の瞬間を「困惑しすぎて1分ほど固まってました」と振り返る。

この草は除去したそうだが、話題となった投稿に続ける形で、「水菜みたいな硬さだった」と報告。かなり瑞々しかったようだ。

なお、草を抜いた後もエアコンは「バリバリ稼働中」とのことだ。

ブロッケン現象ってご存知ですか

天孫降臨?! 高千穂峰に巨人現る………霧の中、虹色の輪背負う巨大な人影 ブロッケン現象撮影 

 高千穂峰に巨人現る………霧の中、虹色の輪背負う巨大な人影 ブロッケン現象撮影

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 鹿児島県と宮崎県の県境に位置する高千穂峰山頂で、霧の中に人影とそれを囲む虹色の輪が現れる「ブロッケン現象」が観測された。巨大な人影は、まるで漫画「進撃の巨人」のよう。霧島神宮の警衛課長で高千穂峰に1000回以上登頂する諏訪俊郎さん(65)=霧島市霧島田口=が6日朝、撮影した。
 ブロッケン現象は、ドイツのブロッケン山でよく見られたことに由来した名前で“ブロッケンの妖怪”とも呼ばれる。太陽の光が強い日で、影が映る霧も必要など条件がそろわないと見られない珍しい現象。
元警察官の諏訪さんは、パトロールのため2012年から高千穂峰に登り、6日は1012回目の登頂。霧島連山は霧が多いため「ほかの山よりブロッケン現象が起こりやすいのではないか」と推測する。それでもこれまでに5回ほどしか見ていないという。
雲海が広がる6日、午前6時半から30分ほど、太陽を背にした自分の影が霧に投影され、薄くなったり濃くなったりする様子が見られた。「神秘的な光景に感動した。久しぶりに見られてよかった」と話した。
なお、諏訪さんが登山中に撮影した写真約20点は、霧島田口のブックカフェ「森や」で展示されている。今回の写真も今週末から飾られる。金土日祝日営業。午前11時〜午後5時。入場無料。森や=080(3182)5474。

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