2025年02月 アーカイブ

1g札19日はプロレス記念日です

プロレスの日(2月19日 記念日)

1954年(昭和29年)のこの日、日本初のプロレスの本格的な国際試合が東京・蔵前国技館で開催された。

力道山(りきどうざん、1924~1963年)が柔道出身の木村政彦(きむら まさひこ、1917~1993年)と組んで、カナダ出身でアメリカから来日したシャープ兄弟とのNWA世界タッグ戦であった。日本テレビとNHKが同時中継し、新橋駅西口広場の街頭テレビには2万人の群集が押し寄せたという。

シャープ兄弟は、初来日の際に5回対戦し、王座を保持したまま帰国した。

力道山は、大相撲の力士出身で、身長176cm、体重116kg。外国人レスラーを空手チョップで次々と倒す姿に人気が集まった。素行の面で色々と問題はあったが、日本のプロレス界の礎を築いた最大の功労者であり、「日本プロレス界の父」と呼ばれる。

力道山
力道山

1月18日は禁煙運動の日です

サラリーマン時代、1日20本入りの煙草を吸っていたおっさんが、数十年前に突然禁煙主義者に変更してしまった時でもありました。
禁煙運動の日を簡単にまとめると次のようになります。

嫌煙運動の日(2月18日 記念日)

1978年(昭和53年)のこの日、東京・四谷で約40名の有志が集まり、「嫌煙権確立をめざす人びとの会」が設立された。

既に札幌市に「非喫煙者を守る会」があったが、「日照権」(建築物の日当たりを確保する権利)をヒントにして作られた「嫌煙権」という新語で嫌煙運動をアピールした。当時の日本では嫌煙運動はほとんど行われておらず、この会の設立により本格的な嫌煙運動が始まった。

嫌煙権という言葉も耳新しく、多くのマスコミがこの集会を報道、一気に嫌煙運動が盛り上がっていった。新幹線「ひかり」に禁煙車両が導入されるなど、嫌煙運動は成果を見せた。

その後、2017年(平成29年)3月4日のダイヤ改正で、東海道新幹線の定期列車「のぞみ」と「ひかり」の車両すべてがN700系「N700A」タイプになり、臨時列車を除き、「のぞみ」と「ひかり」から喫煙車両が消えた。全席禁煙となったが、その代わりに喫煙ルームが設けられている。

また、喫煙に対する社会的認識が進み、健康増進法施行やタバコ規制枠組み条約発効などから、病院・役所・学校施設・駅などの公共施設や、百貨店・飲食店・娯楽遊戯店などにおいても禁煙や分煙が取り組まれている。

分煙

関連する記念日として、5月31日は世界保健機関(WHO)が制定した国際デーの「世界禁煙デー」となっている。

オッサンの場合は上記のような事情とは異なりますが。
サラリーマン時代、数十年前に業務出張でサンフランシスコに出向いた際に受けた講習会に影響を受けたものなのです。
それ以来現在に至るまで、たばこ生活とは無縁に過ごしています。

2月17日は”天使の嘆き”の記念日です

天使の囁き記念日(2月17日 記念日)

「天使の囁き(てんしのささやき)」とは、マイナス20℃以下になると空気中の水蒸気が凍ってできる氷の結晶「ダイヤモンドダスト」のことである。

1978年(昭和53年)のこの日、北海道幌加内町母子里(ほろかないちょうもしり)で、気象庁の公式記録の対象から外れていたため非公式ではあるが、国内最低気温のマイナス41.2℃を記録した。これにちなみ、同町の「天使の囁き実行委員会」が1994年(平成6年)に制定。

記念日は「天使のささやきの日」の名称で、一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。漢字表記の「天使の囁きの日」ともされる。

雪や寒さの持つマイナスイメージをプラスに変え、雪の神秘を感じ、北国の生活の楽しさや素晴らしさを体験してもらおうと、1987年(昭和62年)より、この日ダイヤモンドダストの観察など厳冬の一夜を体験する「天使の囁きを聴く集い」を実施している。また、この日の寒さを記念して作られた「最寒の地記念公園クリスタルパーク」において、モニュメントのライトアップなどが行われる。

「天使の囁き記念日」ライトアップ
「天使の囁き記念日」ライトアップ

ちなみに、公式の日本最低気温は、1902年(明治35年)1月25日に北海道旭川市で記録されたマイナス41.0℃であり、これにちなんで1月25日は「日本最低気温の日」となっている。

2月15日は春一番名づけの日です

春一番名付けの日(2月15日 記念日)

「春一番」という言葉が初めて使われたことを記念した日。

「春一番」とは、冬の北風とは逆方向で、その年に初めて南から吹きつける強風のことである。暖かい風に春の近付きを感じさせる。例年2月から3月の半ば、「立春」(2月4日頃)から「春分」(3月21日頃)の間に吹き、気象庁では「春一番」の到来を毎年発表している。

もともと「春一番」または「春一」という言葉は、長崎の漁師の間で使用されていたものとする説がある。1859年(安政6年)2月13日、長崎県壱岐郡郷ノ浦町(現:壱岐市)の漁師が漁に出た際、強風で船が転覆し、53人の死者を出す事故があった。この事故で「春一番」という言葉は全国に広まったという。

「春一番」の語源や初出については諸説あるが、1963年(昭和38年)2月15日の朝日新聞朝刊にて「春の突風」という記事があり、これが「春一番」という語の新聞での初出とされ、これに由来して2月15日が「春一番名付けの日」とされている。

2月14日はふんどしの日です

同じ2月14日に”ネクタイの日”を紹介しましたが、同じ2月24日には”ふんどしの日”もあるのです。
”ネクタイ”と”ふんどし”にはどのような結びつきがあるのでしょうか?
じっくり想像してみてください。

ふんどしの日(2月14日 記念日)

東京都渋谷区宇田川町に事務局を置き、日本人全員が「ふんどし」一枚は持っている、そんな時代の到来を目標としている一般社団法人・日本ふんどし協会が制定。

日付は「ふ(2)んど(十)し(4)」と読む語呂合わせから。日本古来の文化であり、伝統的な下着の「ふんどし」。その普及と人々の「ふんどし」に対する理解と関心を高めることが目的。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

ふんどしの日

バレンタインデー」と同日であることから、女性から男性へ「ふんどし」を贈ることも提案している。

ふんどしについて

「ふんどし」は、日本の伝統的な下着である。同様のものは世界各地に見られる。「ふんどし」の漢字「褌」は「衣」偏に「軍」と書くように、戦闘服に由来する。

昔は布が高価であったことから、戦国時代では戦死者の身分は褌の有無で見分けを行っていた。当時は麻が主流であったが、江戸時代に入り木綿に代わり、武士の他に一般庶民にも普及するようになった。

第二次世界大戦までは日本人成人男性の主な下着となっていたが、第二次世界大戦後、洋装化が進んだことや、ブリーフ、トランクスなどの新しい下着が出現したことで、急速に廃れてしまった。

「褌」を使った慣用句として、「十分に気持ちを引き締めて事に当たる」という意味の「褌を締めてかかる」、「他人の物を利用して自分の事に役立てる」という意味の「人の褌で相撲を取る」などがある。

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