2024年08月 アーカイブ

8月31日は2百十日なのです

少し騒がしい日なのです。

二百十日(9月1日頃 雑節)

「二百十日(にひゃくとおか)」は、「雑節」の一つで、二十四節気「立春」(2月4日頃)を起算日として210日目(立春の209日後の日)にあたる。

その日付は年により変化し、近年では8月31日または9月1日となる。「立春」の変動により9月2日が「二百十日」となる場合もあるが、最も稀で、次に現れるのは2203年である。

「二百十日」の頃は、稲の開花期にあたる上に、台風の襲来する季節とも一致する。そのため、昔から農家では、220日目の雑節「二百二十日(にひゃくはつか)」とともに災難が起こる「厄日(やくび)」として警戒される。

台風

「二百十日」や「二百二十日」は台風が襲来することの多い「特異日」ともされるが、統計的に必ずしも「台風の多い日」または「風の強い日」ではない。

「二百十日」が暦に記載されるようになったのは比較的新しく、江戸時代の初期以後のことである。これは上記のように農家に注意を促すことが目的であった。

また、この日の前後には、風害を免れるよう祈願して、各地の神社で風祭(かざまつり)や風鎮祭(ふうちんさい)などの祭りが催されてきた。

「二百十日」の日付は以下の通り。

  • 2016年8月31日(水)
  • 2017年9月1日(金)
  • 2018年9月1日(土)
  • 2019年9月1日(日)
  • 2020年8月31日(月)
  • 2021年8月31日(火)
  • 2022年9月1日(木)
  • 2023年9月1日(金)
  • 2024年8月31日(土)

騒がしい二百十日ですが、少し落ち着いてクイズに挑戦してみませんか?

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ドタバタしています

実家への移転が9月1日に迫り、その前準備に追われてタイトル通りドタバタしています!

9月1日を迎えても、一人生活スタートで何かと忙しくドタバタすることになるかもしれません。
2つのブログの愛読者の方々に、このドタバタ劇をご覧頂きたくはないと思っていますが何ともお年寄りのオッサンなので保障の限りではありません。

できるだけ早くドタバタ劇から脱出するように頑張りますから、勝手なお願いですが応援して頂きたいと切にお願いいたします。

取り敢えず勝手なお願いまで!!

卑劣!!車のパンク罠

車の運転免許証を自主返納したオッサンに降りかかることのない事態です。
走行中の車が気が付かずに走っていると、車のタイヤがパンクするという卑劣な行為が発生したというニュースが飛び込んできました。詳しいことは以下の説明文書をご覧になってください。

卑劣な「仕掛け罠」誰が 段ボール片にネジ細工、踏んだ車のパンク相次ぐ 兵庫県警「人命にも関わり悪質」

2024/08/25 20:50

神戸新聞NEXT

走行危険な状態に
JAF兵庫支部加古川基地によると、タイヤ表面の40センチ以内に複数の異物が刺さると、路面に接する強度が急激に弱まり、走行危険な状態になりかねない。
さらに近年、国内で販売される新車の9割は燃費性能などの観点からスペアタイヤを積んでおらず、代わりにパンク修理キットを搭載しているが、すぐに使える人ばかりではない。
男性は幸いJAFの会員で救援要請は無料だったが、四輪駆動でタイヤの全交換を余儀なくされると、対応には約16万円を要した。

南東部の広範囲に
高砂署によると、同じ手口での被害は16日から相次ぎ、20日までに15台、23日までに20台に上っている。
パンクに気づくのが遅れるケースもあり、時間や地点は断定できないが、発生想定区域は市南東部の荒井町、高砂町の全域とその周辺とし、少なくとも東西2キロ、南北3キロに及ぶ。
 17日夜に被害に遭った女性も取材に応じ、国道250号(明姫幹線)を走行中にタイヤの破裂音に気付き、事故につながりかねなかった恐怖を振り返った。
高砂署は「いたずらでは済まされない」と捜査を本格化。24日から署員が家庭や事業所を巡回する際にチラシを配り、ドライバーには異物を避ける安全運転を呼びかけている。

そして、パンク修理セットの利用も忘れないように。

パンク修理キットは万が一の応急用

近年、軽量化や燃費向上のためにスペアタイヤ(テンパータイヤ)を廃して、代わりにパンク応急修理キットを標準化したクルマが増えてきている。

 パンク応急修理キットには、省スペースで低コスト、ジャッキやレンチなど工具を使い慣れていない人でも、わりと簡単にパンクの応急処置ができる、といったメリットもあるが、パンク応急修理キットで補修したタイヤは、薬剤の影響でそのまま継続して使用することはできないので要注意。

 パンク応急修理キットは、その名のとおりあくまで最寄りのタイヤショップや修理工場まで、一時的な移動を想定したもので、一度パンク応急修理キットのパンク修理剤を注入したタイヤの再利用はNG。修理ではなくタイヤを買い替えることが原則だ。

 従って、使用年数が長く、タイヤの残り溝が少ないタイヤなら、割り切ってパンク応急修理キットを使えるが、まだ溝がたっぷり残っているタイヤにパンク修理剤を使うのは正直もったいない。

 一般的なサイズの205/60R16ぐらいのサイズでも、新品タイヤは1本ざっと1万円コース。パンク修理剤も5000円前後はするので、パンク応急修理キットで対応できる軽度のパンクであっても、元のように走れるようになるには、総額15000円〜2万円はかかる!

 それに対し、パンクしたタイヤをタイヤショップなどにもち込めば、一般的な外面修理でも2000円前後で修理可能。より専門的な修理となる内面修理でも費用は5000円前後なので、パンク修理剤を使わず、専門店で正式なパンク修理をお願いするほうが、ずっと経済的だ。

 というわけで、パンクをした際は、スペアタイヤがあればスペアタイヤに交換し、なければJAFや自動車保険のロードサービス特約でレッカーを呼んで、パンク修理ができる工場まで移動するのが一番といえる。

 さらに、JAFの会員であれば、JAFに救援要請すると、その場でパンク修理(外面修理)までやってもらえて、費用も会員であれば無料で済むので、JAF会員ならスペアタイヤのあるなしにかかわらず、パンクをしたらJAFを呼ぶのがベスト!

 パンク応急修理キットは、最後の一手だと思い、安易に使わないのが賢い考え方だ。

 ちなみにパンク応急修理キットには有効期限があることも覚えておこう。通常、有効期限は4年間。4年たったら、未使用でも新品(5000円が目安)に交換しておくことも忘れずに。

8月29日はケーブルカーの日です

ケーブルカーの日(8月29日 記念日)

1918年(大正7年)のこの日、大阪電気軌道(現:近畿日本鉄道(近鉄))の子会社・生駒鋼索鉄道が、奈良県生駒山の鳥居前~宝山寺間で日本初のケーブルカー(現:近鉄生駒ケーブル)を開業させた。

生駒ケーブル
生駒ケーブル

ケーブルカーについて

ケーブルカーとは、山岳の急斜面などを、鋼索(ケーブル)が繋がれた車両を巻上機などで巻き上げて運転する鉄道である。鋼索鉄道(こうさくてつどう)ともいう。また、近年では山岳地帯での使用にとどまらず、車両に動力を積まないため、推進効率に優れているので都市や空港などでの輸送にも用いられる

一部ではロープウェイやゴンドラリフトなどの「普通索道」のことをケーブルカーということもあるが、日本では「鋼索鉄道」だけをケーブルカーと称することが一般的である。日本のケーブルカーの多くは鉄道事業法による鉄道事業免許を受けているが、一部のケーブルカーは遊園地の遊具扱いであったり、旅館内のエレベーター扱いの場合もある。

今日も久しぶりに数独に挑戦してください。

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8月28日はTVCMが流された日です

テレビCMの日(8月28日 記念日)

基幹放送を行う全国の民間放送事業者を会員とする一般社団法人・日本民間放送連盟(民放連)が2005年(平成17年)に制定。

1953年(昭和28年)のこの日に開始された民放の日本テレビ(JOAX-TV)で、日本初のテレビCMが放送された。初のCMは「精工舎の時計が正午をお知らせします」という服部時計店(現:セイコーホールディングス株式会社)の時報であった。

このCMは30秒スポットであったが、フィルムが裏返しになっており、音も不明瞭だった。そのため、正午に放送された初CMはわずか3秒で中止されるというハプニングがあり、同日夜7時に第2号CMとして以下のCMが放送された。

日本初のテレビCM(セイコー)
日本初のテレビCM(セイコー)
日本初のテレビCM(セイコー)
日本初のテレビCM(セイコー)
日本初のテレビCM(セイコー)
リンク:YouTube

同連盟は8月1日から31日までを「CMのCMキャンペーン」月間として、キャラクター「コマーさる君」を使ってPRしている。コマーさる君の声を担当しているのは、俳優の阿部サダヲである。

この日8月28日は日本テレビが民間放送として初のテレビ放送を正式に開始した「民放テレビスタートの日」でもある。

精工舎について

精工舎とは、服部時計店の製造・開発部門として設立された会社群が名乗っていた名前である。いずれも、セイコー本体または、創業家である服部家とその関連会社が大株主であった。

精工舎設立当時、服部時計店は企画・マーケティング・保守サービスを担当し、精工舎は、服部時計店からは独立した製造部門として、研究開発・設計・製造を行っていた。そのような「協業」によってSEIKOブランドの時計は、技術水準を高め、世界的に高い評価を得るに至った。

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