2016年05月 アーカイブ

珍しい話と怖い話

大型連休も終わりに近づきました。
晴れたり曇ったりそして強風が吹いたりと全く落ち着かない空模様の週間でもありました。
皆さんは楽しい週間を過ごしましたか?
この期間はグランドを子ども達に解放するため、グランドゴルフの定期練習も休みになってしまいました。

今日のWEBニュースで全く正反対の状況を伝える記事がありました。

◆珍しい話
”さわやかな五月晴れとなった4日、滋賀県内各地で祭りが行われた。地域で受け継いできた伝統行事、復活した踊りに、担い手や観客の笑顔があふれた。栗東市綣7丁目の大宝神社では例大祭が営まれ、
84年ぶりに「サンヤレ踊り」を奉納した。
地元に残っていた資料を頼りに保存会メンバーが踊りを練習し、一部を独自に補って復活させた。
サンヤレ踊りは室町時代、五穀豊穣(ほうじょう)を願って湖南地域を中心に広まった踊りと伝わる。大宝神社では毎年5月に行われてきたが、明治時代にいったん途絶えた。1915年に再開したが、32年の新嘗祭で奉納した後、戦時中の生活難や費用負担から再び休止した。”

youtubeにその様子が紹介されているので、興味にある方はご覧になってください。

2016年の大宝神社のサンヤレ踊り

◆怖い話
「奪衣婆」という名前を聞いたことはありますか?オッサンも始めて聞きました。
記事には次のような解説が付いていました。

”奪衣婆(だつえば)は、三途川(葬頭河)の渡し賃である六文銭を持たずにやってきた亡者の衣服を剥ぎ取る老婆の鬼。脱衣婆、葬頭河婆(そうづかば)、正塚婆(しょうづかのばば)、姥神(うばがみ)、優婆尊(うばそん)とも言う。奪衣婆が剥ぎ取った衣類は、懸衣翁という老爺によって衣領樹にかけられる。衣領樹に掛けた亡者の衣の重さにはその者の生前の業が現れ、その重さによって死後の処遇を決めるとされる。
俗説ではあるが、奪衣婆は閻魔大王の妻であるという説もある。
1月16日は閻魔王の斎日である。地獄の釜の蓋が開く日ともいわれる。”

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奪衣婆

閻魔大王

どちらも怖い顔をしています!生前良いことを沢山していないとこの怖い顔で衣服を剥ぎ取られたり、重い刑を受けて地獄の釜に投げ込まれることになりますよ。


端午の節句です

5月上旬になると、夏の気配が少しずつ濃くなってきます。
そして5月5日は二十四節気の「夏の季節の始まりの日」であり、その夏の期間を表す「立夏」なのです。そして5月20日まで続きます。
さらに5月5日は「こどもの日」(端午の節句とも呼ばれます)なのです。
「立夏」はゴールデンウィークの陰に隠れてしまいがちですが、旧暦の季節の区切りであり、若葉が芽吹き、いろいろな動物も活動してくる時です。
この時期はあまり行事というものは少ないのですが、その年の豊作を祈り「お田植え神事」「御田植祭」と呼ばれるお祭りがあります。
例えば和歌山県の伊作田稲荷神社でおこなわれる御田植神事があります。
稲荷神社の御田植神事は、御田祭ともいわれ、5月5日の午後、行われます。社前の広場を田と見立てて、その四隅に青竹を立てしめ縄を張りめぐらし、そこ で、まず、神主がお祓いをし、巫女が神楽を舞ってから、田植をする様子を再現する神事です。以前は、苗として神事の時に使われた藁は、神事が終わると氏子 がいただいて持ち帰り、水口へ立て自分の田の豊作を祈ったそうです。
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さて、この立夏も七十二候では3つの候に分けています。
◆初候-蛙始鳴(かわず、はじめてなく)、5月5日から9日ごろまで。冬眠から目覚めたカエルたちも元気に活動し始めるときです。下の写真は少々グロテスクかな?
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◆次候-蚯蚓出(みみず、いずる)、5月10日から14日ごろまで。他の生きものよりも遅く目覚めます。土を耕す頃です。 下の写真も少々気持ちが悪いかな?


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◆末候-竹笋生(たけのこ、しょうず)、5月15日から20日頃まで。真竹のタケノコがすくすくと育つ頃です。
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この時期は山の幸が多いようです。
◆山の幸-イチゴ、タケノコ(真竹)、新ニンジン、新ジャガイモ、アシタバ、夏みかん

ichigo madake
ninjin jagaimo
asitaba natumikan

◆海の幸-ホタテ
hotate

 

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シャクヤク、ドクダミ、カタクリ
syakuyaku

dokudami katakuri

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◆三社祭
浅草神社の祭礼で神田祭り、山王祭と並ぶ東京三大祭りの一つです。5月17、18日に近い金・土・日曜日に開催されます。
sanja

◆葵祭
5月15日に行われる京都三大祭りの一つです。平安貴族姿の行列が京都御所→下賀茂神社→賀茂神社へ向かいます。
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◆鵜飼い
ご承知のとおり鵜を使ってアユを獲る日本の伝統漁法です。
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「端午の節句」-五節句の一つでもともとは古代中国の菖蒲を用いた邪気祓いの行事が日本に伝わり、田植えの行事と結びつき、その後武士の時代に「尚武」と菖蒲をかけ、男の子の節句として定着したそうです。
端午の節句飾りは、鯉のぼり・武者人形・鎧兜そして菖蒲です。

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「端午の節句」については次に要約として整理しました。興味のある方はご覧下さい。

「端午の節句要約」は次で➡

(さらに…)

みどりの日

いよいよ大型連休も後半に突入しました。
当地では、午前3時頃から強い雨風が吹きはじめてその音で目が覚めてしまいました。
その状態が午前7時頃まで続き、午前7時半頃には雨も上がり日が差してきたが強い風はおさまる気配がありません。

◆新聞紙面
今日はみどりの日なので毎日新聞の朝刊はみどり色で印刷された特集記事で本紙が包まれていました。
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紙面全体が薄い緑色なのですが、上の写真ではその雰囲気は感じられませんか?
新聞と言ってもこのような遊び心があってもよいでしょうね。

◆梅の実
そして、強風のためたった2個しかなかった梅の実の1個が地面に落ちていました。
もう1個はかろうじて枝にしがみついていました。

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凧揚げ

凧揚げと言えば正月に子ども達が行う遊びの一つです。しかし最近はこの遊びを目にすることが少なくなりました。
それなのに何故今の時期に凧揚げなのか不審に思われるのではないでしょうか?

昨日埼玉県長瀞の宝登山神社で奥宮大祭が行われ、その祭りの中で神楽が奉納されたというニュースに接しました。
そして今日5月3日と5日に埼玉県春日部市で「大凧あげ祭り」が行われそうです。宝登山神社の奥宮大祭と同様な毎年恒例のお祭りなのです。

春日部市のホームページには次のように説明されています。

"◆大凧あげの由来
江戸時代後期、天保12年(1841年)、生国出羽国山本郡水沢邑の西光寺の弟子、浄信という僧が、各地巡礼の折に宝珠花の小流寺(現在の春日部市西宝珠花)に宿泊した時に、その土地の人々を集め養蚕の豊作占いとして凧揚げの話をしました。「繭の値段が上がる」と「凧があがる」の意味を掛けていると言われています。その占いを聞いて人々は、数十個の凧をあげて繭の豊作を占うというようになったと伝えられています。(後略)
◆祭り
江戸川河川敷で、毎年5月の3日と5日に開催されます。この時に揚げる凧は、和紙と竹で3カ月もかけて大凧文化保存会の会員によって作られます。まず大凧を前に、その年に初節句を迎える子どもたちの健康と幸福な成長を願う儀式が行われ、その後、上若(かみわか)と下若(しもわか)それぞれの大凧を揚げます。大凧を揚げるのは百数十人。見物客は約10万人。江戸川河川敷を埋めた人々が見守る中、大凧が空へ舞い揚がります。その姿は勇壮の一言。その隣では、小凧や女凧、企業名入りのコマーシャル凧などが舞い、お祭り気分をさらに盛り上げます。子どもたちの健やかな成長を願い市民一体で開催される祭りです。
◆凧の大きさ
大凧と小凧があり、
凧:縦15メートル、横11メートル、重さ800キログラムそして小凧:縦6メートル、横4メートル、重さ150キログラムです。
今年の凧文字は「元気」と「春日部」だそうです。"

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何時も思うのですが日本全国各地にはいろいろな祭りがあるものですね。

頭が痛い!

昨夜友人達と久しぶりに宴会をして痛飲したため今朝は二日酔い気味で頭が少し痛いのです。自業自得ですから仕方がありませんが。

今日は月曜日ですから、毎日新聞の「週刊漢字」掲載の日です。
頭が痛いではなく頭の体操をしましょう。次の漢字の読みと意味が分かりますか?

紋所

桐家紋

酢漿草

左端の漢字は「水戸黄門」の時代劇が好きな方はすぐ読めるし意味も分かるだろうと思います。
残りの2つの漢字はオッサンも馴染みの無い漢字なので読めませんでした。

答は例によって次で➡

(さらに…)

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